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2003年度第二期リレー小説 「蘇る大森林 〜ノエリットの奇蹟〜」(没予定設定多数搭載) 第9話 村崎 永 遠森で、『ノエリットの光』を一緒に見た恋人たちは必ず結ばれる。――誰が言い出し たのかわからないが、この辺りの住人なら必ず一度は聞いたことがあるジンクスだ。誰し も若い季節というのはあるらしく、表では馬鹿馬鹿しいと笑いながらもこっそり試してみ るカップルが結構いる(らしい)。これが囁かれるとき、大抵の場合は「あそこの夫婦は やったらしいよ」といった類の実例が付いてくる。それがどこまで事実かは保証の限りで ないわけだが。 宿の女将は先ほど見送った若い二人のことを考えながら、遠い日に思いを馳せていた。 (あたしが見えたって言ってるのに、あの人ったら見えなかったなんて言ってさ。結局見 てたんだよね。ちゃんと結ばれたんだから) 女将は微笑む。 (先生はノエリットとは関係ないって言ってたけど、いいのさ。ご利益は本物だったんだ もの) そう追想を打ち切って掃除に取り掛かろうとしたとき、表の戸が開いた。 「宿を頼みたいのですけれど」 そう言った旅装の女性の隣には、10歳ほどの少女が不安げな表情で服をいじってい る。二人の面差しはよく似ていた。 「お二人様で?」 愛想を振りまきながら尋ねると、女性は硬い表情のまま頷いた。そして真剣な目で女将 を見つめ、言った。 「最近ここに私と似た顔の女が来なかったでしょうか。私の妹がこの村の近くに来たかも しれないのです。もしかしたら、この宿に泊まったのではないかと思ったのですが…」 残念ながら、と答えると女性も少女もそろって落胆を見せた。 「一体どこにいるのかしら…本当に…。まさかまっすぐ森に入ったというの…?」 ぶつぶつと呟く女性の手に少女が触れる。その顔は泣き出す寸前のようだ。女性ははっ として少女の手を握る。 「フリエ、大丈夫。きっと見つかりますよ」 好奇心をそそられた女将が話しかけようとすると、女性はそれを遮るようにしばらく滞 在する旨を告げ、疲れているから、と部屋への案内を急がせた。そして、似た女を見たら 教えてほしいと頼むと部屋の戸を閉じてしまった。 客の多さにうきうきとしながらも、女将は何か引っかかるものを覚えていた。あの女性 客の顔にはどこか見覚えがある。商売柄、人の顔を憶えるのは不得意ではないはずだが、 どうにも思い出せない。少女の名前にも聞き覚えがあるのだが…と考えて、宿帳のことを 思い出した女将は彼女の署名を見た。そして、ああ、と大きく頷く。 「先生の娘さん…」 宿帳には、フリエ=モエルティマとあった。 部屋に入って一息つくと、小さなフリエはうとうとし始めた。長旅の疲れが出たのだろ う、そう思ったフリエは少女に微笑みかけるが、その表情にも疲労が表れている。 「少し休みましょう。また夕方に村の方々に聞いて回れば、きっと何か手がかりがみつか るわ」 少女はかぶりを振る。 「私は平気です。早く母さんを見つけたいの。すぐに村に行ったほうがいいと思う」 「では、お茶でも飲んでからにしましょうね。のども、渇いているでしょう?」 少女が小さく頷くのを確認すると、フリエは茶の用意を頼みに部屋を出た。 一人になると、どっと疲れを感じて思わずため息が出る。自分がまさかまたこの村に来 ることになるとは思わなかった。それもあろうことか幼い子供を連れてとは。 (ウリス…さっさと出てきなさい。あんな子を残して、あなたはどこに消えてるのよ!) 10年以上も音信不通だった妹からの便りを受け取ったとき、フリエはいつものように 自分の家の書斎で妖精学の本をひもときながら思索に耽っていた。予定外の来客を知らせ るベルに苛立ちながら戸を開けると、泣きそうな顔をしたあの少女が一冊の本を抱えて 立っていたのだ。昔の自分が立ち現れたかのような姿に思わず息を呑むと、少女のほうも 目を見張っていた。驚きから立ち直るのは少女のほうが一瞬早く、彼女は深々と頭を下げ て言った。 「はじめまして、おばさま。私はウリス=モエルティマの娘で、フリエといいます。…母 さんを捜すのを手伝ってください」 この唐突な依頼にフリエが更に驚いたのは言うまでもない。しかし驚きはそこで終わら なかった。少女が持っていた朽葉色の本は、物心ついて以来魔術学に携わってきたフリエ ですら舌を巻くほどの高度な知識を駆使して書かれた暗号文だったのだ。本には手紙が挟 まっていた。 『私を捜して。あなたにはこれで充分なはず』 フリエは暗号を解き、少女とともにその場所―『過去の森』を目指したのだ。そうして この村まで辿り着いたのだが…正直、捜し出せる自信はあまりなかった。この村で何の手 がかりも得られなかったとしたら、次はどうするか…。やみくもに森に入るには、あの 『過去の森』はあまりに広く、深い。フリエはそのことを知りすぎるほどに知っていた。 ましてや体力も乏しい少女を連れてである。これがウリスの仕組んだゲームであるなら、 この村に何らかの鍵がある可能性は高かったが、相手があのウリスであるだけに、出し抜 かれる可能性も否定できない。そして、ゲーム以上の事情が彼女の身に降りかかっていた としたら…そんなことは考えたくもなかった。 女将は酒場の床を掃いていた。フリエに気づくと笑顔を作って近づいて来る。彼女はフ リエが口を利くまえに、フリエの手をつかんで大きく振った。 「あんた、フリエ嬢さんだったんだね! 立派になって…見違えたよ。あの子は娘さんか い? かわいい子じゃないか。今じゃあんたも博士なんだろう。先生もきっと喜んでる ね!」 女将が自分を覚えているとは思わなかった。ふと懐かしい気持ちになり、フリエは微笑 を浮かべる。魔術士としても魔術学研究者としても師であった父。その父が『過去の森』 の調査のためにこの村に滞在していたとき、彼女もその助手として働いていたのである。 「女将さんも相変わらずお元気そうね。…でも、今回は研究のためではないのよ。さっき も言ったとおり、妹を捜しているの。あの子は妹の娘なのよ」 「…ごめんね、この村も余所から来る人は少なくなってね。そういう話は必ず話題になる んだけど…妹さんらしい人の話はまだ聞いてないんだよ。嬢さんに似た人って言ったよ ね?」 「ええ。私たちは双子なの」 女将は頷く。 「それじゃ娘さんが似るはずだ。何か聞いたら必ず教えるから。…見つかるといいね」 「…ええ、ありがとう」 茶を頼むと、女将は後で部屋まで持っていこうと言ったが、フリエはそれを断って支度 が出来るのを待った。暖かい湯気をあげるカップ二つを載せた盆を持って部屋まで戻る と、小さいフリエはテーブルに伏して寝入っていた。寝顔には乾いた涙の跡が残ってい る。 (本当に何を考えてるの、ウリス…) ウリスの失踪とあの本の内容の関係もまだ判らないが、あの本の指示に従うならば『未 来の扉』を探さなければならないのだろう。その先にあるという『まことの言葉』という ものも気にはなる。しかしそれ以上に、必死に母親を捜そうとするこの幼い少女を置き去 りにした妹に、腹が立って仕方がなかった。自分と同じ名の少女に、母を亡くした頃の自 分の姿が重なったせいもあるのだろう。 (見ていなさい。あなたを絶対に捜し出してあげるから) 誓うように胸のうちで呟くと、フリエは少女の背中に上着をそっとかけた。 |