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2003年第二期リレー小説 「蘇る大森林〜ノエリットの奇蹟〜」(本の価値、上げたつもりです)第6回 めしや 互いにののしり合い続け、やがて言葉も尽きた正午過ぎ、二人はようやく名乗り合った。 「俺は、フォルス=カーラーという」 その家名に、ティアは思わず眉をしかめた。 「カーラーって、あの?」 「多分、お前の思っている通りだよ」 にやり、と彼は笑った。その反応に、彼に対する印象がさらに下がる。 カーラー家、建国以前から存在する魔術の名門である。魔術の腕は良さそうだが人柄の方はそうでもないようだと、ティアは判断した。 「で、お前は?」 「私は、ティア=レリンドンよ」 「レリンドン……それってあの騎士の? ……何で騎士の家にこんな本があるんだよ?」 「それは私だって不思議に思ってるわよ。ここに来たのは、それを知るためでもあるかもしれないわね」 「知るためで『も』、ね……」 明らかに含みのある笑みを口元に浮かべ、フォルスは大げさな身振りで手を広げた。 「じゃあ、いい加減お互いに腹を割って話そうか――あの暗号を解いたってことは、あんたも『過去の森』の『未来の扉』の先にあるっていう魔術の叡智を探しに来たんだろう?」 「…………え?」 ティアが目を見開くと、フォルスはやれやれとでも言いたげに肩をすくめた。 「おいおい、今さらとぼけないでくれ。暗号を解読したらそう出てきたじゃないか――って、いきなり何するんだよ!?」 フォルスの文句は気にせず、ティアはひったくった墨色の本に目を通し出した。自分の朱色の本と同じく、古代妖精語や初期魔術文字を組み合わせた暗号が延々と記述されている。それにじっくりと目を通し―― 「…………あった」 「何がだよっ?」 憤るフォルスの面前に、墨色の本のあるページと、朱色の本でそれと同じページを突きつける。 「ここ、暗号が違うわ」 本当にごく一部だか、しかし確実な違いがそのページにはあった。それを認めたのだろう、フォルスは息を呑んだ。 「……これは、写し間違いっていう感じの違いじゃないよな」 こいつも瞬時に気付いたのか、とティアは舌を巻くが、それを内心に抑えて言葉を続ける。 「そう。これは多分、どっちがどっちの写本というわけじゃなくて、最初から別の物なのよ」 「なるほどな。だが、装丁が全く同じところを見ると、多分関連はあるんだろうが……」 ここでフォルスは何かを考えるように首をかしげた。 「お前の本にも、詳しいことはあんまり書いてなかったんだよな?」 「……ええ、そうよ」 隠してもしょうがないと判断し、ティアはうなずいた。 「ということは、もしかしたら二つの本を組み合わせて解読することで詳しいことがわかるかもしれないな」 「……そうね。私たち、組む必要がありそうだわ」 声に嫌そうな響きが混じるのが自分でもわかった。それに気付いたのだろう、フォルスはぴくりと口元を歪めた。 「安心しろ。俺だって嫌だ。本のことがなければ誰がお前みたいなきゃんきゃん吼える小娘と組むかよ」 「何よその言い草は――!」 怒鳴ろうとしたその時、ティアの脳裏にふと恐ろしい予想が過ぎった。 「……ちょっと待ってよ。考えたら、これと同じような本がこの二冊以外にはないっていう確証はないわけよね?」 「は? 確かにそうだが……ありえるのか? もしそうなら、暗号を解くために、どこにあるかも何冊あるかもわからない本を集めなくちゃならないってことになるんだぞ」 「まあ、そうだけど……」 彼の言っていることは正しいということを、ティアは認めた。朱色の本には『託したいものがある』と書かれていた。それなのに託すもののところへたどり着けない仕掛けを作るなんて、確かに本末転倒ではないか。 それでも、とティアは思うのだ。ここで自分と彼が出会ったのは偶然だ。もしどちらかがほんの一日でも出発する日を変えただけでも、めぐり合うことはなかった。それだけではない。もし彼女らの先祖が先に暗号を解いていたら、この二つの本の邂逅はありえなかった。 (そんな偶然があるのかしら?) そんなはずがない。この出会いはきっと必然だったのだ。出会うべくして自分たちは出会い、本が揃ったのだ。そうでないと―― (必然だと思わないと、こんな男と組まなくちゃいけないなんて、やってられないわよ) ティアは内心ため息をつき、『過去の森』がある方向へ目を向けた。 鬱蒼と草木が茂る『過去の森』を、一人の男が歩いていた。 二十代後半ぐらいの、がっしりとした体格の男だった。身につけている剣と鎧は長年使い込まれているらしく、まるで彼の一部であるかのようだ。 「……この森に、本当に我が家の使命があるのかい、ご先祖様?」 歩きながら、男は苦笑混じりに手元に目を落とした。その手の中には青色の装丁の本があり、表紙には茨のレリーフの模様がある。 「しかしご先祖様。使命とそれを果たすべき場所について、もうちょっとくわしく書いておいても罰は当たんないと思うんだが――」 言葉の途中で、男は唐突に振り返った。周囲に誰もいないはずの森の中で、茂みが不自然に揺れる音が聞こえた気がしたのだ。 鋭い視線を音がしたほうに向ける。と、木々の向こうから白い光が小さくもれ出ているのが見えた。何かが光を発しているようだ。 予想外の光景に男が一瞬呆然としていると、淡く光を放つ見えない何かは、ゆっくりと男から離れていく。 「…………待て!」 男は反射的にその後を追った。しかし、光はゆっくりと移動しているように見えるのに、なかなか追いつけない。 しばしの追跡後、光は唐突に姿を消した。 「今のはいったい……まさか妖精って奴か?」 つぶやきながら、男は光が消えたあたりを見回し――不意にしゃがみこんで地面を凝視した。 「足跡……しかも複数人の」 ここを通った者たちは木々や草木を避けて歩いたのか、はっきりとした靴の跡が残っていた。まっすぐに南の方へ、すなわち森を出る方へ向かっている。 「確か、森の南には村があったよな」 自身は立ち寄ってはいなかったが、村の存在を男は覚えていた。 どうするか、と男は考える。このまま当初予定通り森を探索して、使命が待っているという『未来の扉』を探すか。それとも、この足跡を追って村の方へ向かうか。悩んでいると、男は不意にあることに気が付いた。 胸が、熱い。 幼い頃、父に呼び出されて初めて、先祖代々伝わるこの青い本に出会ったときのように。何故だかわからないが、何かに導かれるように心が逸るのだ。 男は、くっと喉を鳴らして笑った。 「――おもしれえな!」 勢い良く男は立ち上がり、迷わず走り出した。 足跡を追って、南の方角へと。 |