Sponsored Link



2003年度第二期リレー小説
「蘇る大森林 〜ノエリットの奇跡〜」第35話  18%gray


「……とりあえず状況を把握したい。ティアはどういう状態なんだ?」
 ティアを引き渡してくれないか、というグレンガランの言葉。様々な衝動を飲み込み、フォルスは努めて冷静に答えた。
 魔力というもの構造的に感覚し、整理する術を、フォルスは持っていない。今まではその部分を知識で補ってはきたが、魔術師として基本中の基本をおさえていないというツケが今になってまわってきたのだ。フォルスには、ティアが今どんな事態に陥っているか知る術はない。
「おや、もっと取り乱すと思ったけど。意外だね」
「早くしろ!」
 まるで、おやおや、というジェスチャーのように、グレンガランの光が揺れる。
「じゃあ軽く説明だけは。ティアが今こうなってるのは、一つはそのペンダントのせいなんだ」
「ペンダント? 機の一族の紋章ってやつか? さっきティアは、それが光っているとか言っていたが……。だいたいそんなものをなんでコイツが持ってるんだ?」
 急かすように、フォルスが早口で問う。自らの精神が統率できていない。魔術師としてよくないと思いつつも、心は焦れるのだ。
「僕の友達が、彼女に上げたからさ。彼は彼女を知っているし、彼女も彼を知っている。彼女の旅立ちの時に、彼がプレゼントしたとか聞いたけど」
「まさか、そいつがティアを……」
 ギリ、とフォルスが歯軋りをする。
「そいつは違うよ。彼女は、僕の友達の大切な人なんだ。そんなことをするわけがないだろう? これは彼にとっても不測の事態だったんだ。だから僕が出張ってきたんだよ」
 グレンガランは続ける。
「このペンダントは……いろいろ意味があるんだけど、その一つが“導”としての意味なんだ。つまり『過去が流れ出す』という現象を誘導する媒体。君も、いや、君の一行もこの森で『過去視』を経験したことがあるだろう?」
 過去視。それは小屋の前のあのことだろう。あの過去視で、みなが七賢人の経験を共有した。それからだ。あの本の正体と、それをとりまく環境がおぼろげながら見えてきたのは……。
 ぞく、と背筋に何かが走る。その向こう側に、視線を感じた。
「誰かが、過去を送っているというのか?」
 フォルスが当てずっぽうに言ったことに、グレンガランは、フフンと鼻をならすように笑った。
「さぁ、そのあたりはなんとも」
 その反応に確信する。送り手がいるのである。そして受け取り手がティア、否、そのペンダントというわけだろう。だが、なんのために? そしてそのペンダントを渡したヤツは? 疑問はつきない。しかし、今一番欲しい情報はそれではなかった。
「それが、そのペンダントがティアの今の状態と、何の関係があるんだ?」
「流れが、逆転したんだよ」
「どういうことだ?」
「さっき、君たちはスピリットの魔力を直に受けただろう? その大半は君に弾かれちゃったみたいだけれど、彼女に届いた残りの魔力が、引き金を引いたんだよ。直前に過去を誘導して不安定な状態になっていた導は、加工されていない魔力の衝撃を受けて、時間を逆しまに流してしまった。それも、彼女の心のおまけつきでね」
「なっ!?」
 フォルスは愕然とする。そこまで話についてこれず黙っていたファラリスも、そこの部分だけは理解したらしく、眉をよせてグレンガランの光を見つめる。
「彼女の精神は、逆流した時間に引きずり込まれるような形で、過去へ送られてしまったんだろう。彼女はもう、ここにはいない。時間からも、肉体からも解き放たれ……」
「過去をさ迷っている、というわけです。まるで、祭祀の一族のシャマンのように……」 「!?」
 グレンガランの言葉をさえぎって、後ろから声が飛んできた。
 ファラリスとフォルスが同時に振り返る。
 そこには一人の男が立っていた。
 いや、それは果たして男と断定していいものか。流れるような銀色の長髪の間から見える顔立ちは、どこまでも中性的である。すらりと長いその背丈で、男と判断するのみだ。  その身が纏う雰囲気が告げる。こいつは人間じゃない、と。
 フォルスは混乱していた。
 ティアの心が過去をさ迷っている、という言葉が心の中で反芻されながら、頭はこの男が誰であるかを必死で捉えようとする。そんなフォルスの後ろから、グレンガランの声が聞こえた。
「なんと、君がじきじきにお出迎えとはね、ハーライン」
「お久しぶり、グレンガラン。30年ぶりくらいですかね」
 そう答えると、ハーライン、と呼ばれた男は静かに微笑んだ。苔のような柔らかな笑みだった。



「ノエリット・ヴァーンの村だって?」
 行軍しながらアイゼンが素っ頓狂な声を上げた。兎に、目的地を訪ねた直後であった。
「ノエリット・ヴァーンという種族は滅んだのではなかったのですか?」
 ジークが訊ねる。それに兎は、さも説明するのが馬鹿らしいと言わんばかりの手振りでこう答えた。
「滅んだですって!? そんな人聞きの悪い。確かに人口は減少し、大半が人間と交わって濃い血を残す家系はわずかとなりましたが、それでも健在してます。彼らは人間を好まないでしょうが、そのあたりは私が説得して差し上げます。とにかくあなたたちはそこにいるのが安全でしょう。通路を出たらすぐそこに向かいます。うまく捕まえられればの話ですが……」
「捕まえる?」
 今度はフリエが質問する。兎には悪いが、いちいち説明を求めないと理解できない部分があるのでそれは仕方がない。
「彼らの村は空間に縛られないのです。言い換えれば、森中を放浪する村なのですよ。と言ってもツリーフォークに家が乗ってるわけじゃありません。この《通路》のように特殊な空間に村を起こして、そのまわりに幾重にも目くらましの呪い(まじない)を張り巡らせたものです。人間なんかが見つけられるようなものではありませんよ。この森にはそんな村がいくつかあるのです」
 ふふん、と得意げに鼻をならす兎。これにはフリエも合点がいった。そんな念入りな仕掛けを施されては、16年前の調査団が見つけられたはずもない。
「放浪する、と言ってもその村が通るルートはある程度決まってて、そのポイントがこの通路を抜けたすぐ先だったはずです。うまくタイミングさえ合えばあるいは……」
「おいおい、そんなにテキトーで大丈夫か?」
「それ以外方法がないんですよ! 大体こんなややこしい時期に森に入る方が間違っているんです。それを私が親切にも案内して上げようというのですから……」
 憤慨した兎が猛烈にまくしたてるそれを遮るように、アイゼンが、ああっ! と声を上げた。 見れば通路の景色が歪んでいる。
「こんなに早く! 急いで!」
 兎が金切り声を上げる。しかしその叫びも空しく、景色どころか地面までもが波打っているようだ。
「くっ、こうなったら伏せて! そして互いに手を握って! 下手すると飛ばされてしまいますよ!」
 言われた通りにフリエは地面に伏せ、アイゼンとジークの手を握った。
 地面が大きく揺れる。経験したことはないけれども、地震というものはこんな感じなんだろうか。そんなことをフリエが考えた瞬間、すさまじいうねりが一行を襲った。
 薄れゆく意識の中で、フリエは、誰かの手が離れるのを感じた。





<<BACK   NEXT>>