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2003年度第二期リレー小説
「蘇る大森林 〜ノエリットの奇蹟〜」第33回 超 蜜柑 (やっぱり色々と大暴走です。まぁ、自分の担当地域だから良いか) 黒兎一族族長、ヴェイドを死闘の末に撃破し、新たな使徒として加えたウィル ド達は、今日こそはエンシャンルオートの断崖絶壁に辿り着こうと森の探索を続けて いた。進むにつれ、森の密度は色濃く増していき、見上げる空の面積はどんどん小さ くなっていった。 時系列の影響だろうか、次第に森に息づく生命の息吹が遠のき、 何とも言えない薄ら寒い気配が濃厚になっていく。不気味に歪んだ黒い木々の間をす り抜けるグディアルメフ達の表情にも緊張の色が伺える。 「戦車を失ったことはやはり大きいな……」 自ら先頭に立って歩き続けていたウィルドがぽつりと漏らした。それは彼らの 現状を端的に現した言葉であった。元来のグディアルメフのメンバーだけならば戦車 を失った所で大した弊害はなかったのだが、今は違う。遙か後方では森に慣れないフ リエが必死に追い付こうと早足に歩いているが、グディアルメフの足並みはそれの遙 か先を行ってしまう。勿論、ウィルドは自分や使徒がフリエを抱えて走ろうと提案し たのだが、フリエが断固として拒否した為、このような形となっている。ウィルドと しても愛娘の意思は尊重したいらしく、それから一度もその提案を出していない。結 果、グディアルメフのメンバーはここに来て一気にペースを落とすこととなった。 「……しかし教主。この禍々しい森は一体どれほど続くのでしょうなぁ?」 教壇の実力者、祭祀長グルグスが肩越しに訊ねる。ウィルドは眉根を寄せ、軽 く目を閉じて頷いた。 「ぬぅ……。黒兎一族の話によれば、彼らの足で一日程度だと聞く。恐らくは半 日……あるいはそれ以上を必要とするやも知れぬな。まだまだ先は長い……か。ど れ、フリエの具合も気になるし、今日はこの辺りで休むとするか」 ふと背後を気にしながら、ウィルド。見れば、フリエの疲労の色は濃い。目は 強気を物語っているが、身体がそれに追い付いていない状態だ。 ウィルドは使徒達に命じ、野営の準備に取りかかった。元々、森暮らしの長い ウィルドの達のこと、実に手際よく仕事をこなしていく。結局、フリエが息を整えて いる間に準備は大体終わり、軽く焚き火を焚いて食事を取ることにした。幸い、今ま での物資不足の状態とは違い、今は黒兎一族から贈呈された大量の食料がある為―― 食料袋にして17袋という大荷物だが、これはウィルドと使徒が一つずつ担当してい る――なにも困ることはなかった。第16使徒クエヤレルヤが存分に腕を奮い、元の 食材からは想像も出来ないほどの料理に全員が舌鼓を打つ。 「うむ……相も変わらず見事な腕前よ。第16使徒クエヤレルヤ」 「ははっ」 教主ウィルドの賛辞にクエヤレルヤが満面の笑顔で畏まった。その傍らでヴェ イドと食事を取り合っていたノエルも顔を上げてクエヤレルヤを見やった。 「クエヤレルヤさん、獲っても美味しいです!」 次々に飛び交う礼の言葉に、クエヤレルヤはうっとりと目を閉じていた。忘れ かけていた料理人としての喜びに再び目覚めるという奴だろうか。軽く笑い、自らの 作った料理を口に運ぶ。いつもと変わらぬ、完璧な料理がそこにあった。 「…………」 口にした途端、クエヤレルヤの動きが止まった。確かに、美味い。だが、彼は 何か物足りなさを感じていた。他人に食べさせる料理――そういう意味では確かに満 足している。だが、確実に何かが抜け落ちているような気がしたのだ。 (……もっと精進しなければ。伝説の究極にして至高の料理には程遠い) 彼は心の隅に覚えた葛藤を仕舞い込むように料理を簡単に済ませると、明日の 料理の仕込みへと向かった。雑念を振り払うには、ただ無心に仕事に没頭するのが一 番だったからだ。 そんなクエヤレルヤを尻目に、ウィルドはヴェイドから渡されたノエリット・ ヴァーン作成の地図を広げて明日の進路を確認していた。この周辺は地形が複雑で把 握しづらい。いかに彼らと言えど――むしろ彼らだから――現在位置を確認しておか なければ森を彷徨うことになるだろう。 「どれどれ……」 ウィルドは地図を凝視した。そこには兎が作成したとは思えないほど、緻密で 精巧な地形が描かれていた。ウィルドはその地図としばらく格闘していたが、うんう ん唸るだけでさっぱり分からず、遂には音を上げてしまった。 「ガトバギ! ガトバギはおるか! かつて王立大学で地理学を専攻していた貴 様の出番だ! この地図を解読し、我々に次なる道を指し示すのだ!」 「はっ! ガトバギ、ここに!」 食事を終えていたガトバギはウィルドの呼びかけに即座に応じ、焚き火を跨い で姿を現した。そして、ウィルドから恭しく地図を受け取り、ざっと目を通す。する と彼は懐から測量に使用する大量の器具を取り出し、ぶつぶつと何かを呟きながら地 図に書き込みを始めた。そして待つこと数十秒―― 「分かりました、教主! 現在一手と目的地の関係が掴めました故、地図に書き 込んでおきます!」 「うむ! さすがはガトバギよ! これほど難解な地図をよくぞ解読した!」 「お褒めの言葉、光栄にございます!」 ウィルドの満足げな様子にガトバギも表情を崩した。 「ぬぅ……思えば我が寝所を出発して数日が過ぎたが……いや何とも密度の濃い 数日であったな……はて、数日?」 ここで何かを思い出したウィルドは両の手を使って日数を数え始めた。ひぃ、 ふう、みぃ……段々とウィルドの顔が青ざめていく。そして指を折り終わった後、突 如立ち上がって絶叫した。 「しまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 ウィルドの、森を揺るがす絶叫に遠くで鳥が羽ばたいた。周りにいた使徒達は 何事かとばかりにウィルドに視線を集中させた。 「どしたんですかぁ? ウィルド様ぁ?」 状況が飲み込めないノエルが無邪気に訊ねた。ウィルドはこめかみからだらだ らと大量の汗を流しながら、ノエルと言わず使徒達全員を見回していた。 「我らが暗黒神グディ=アルメフ様のことだ……」 「はて? 既に闇の巫女であられるフリエ様も獲得し、何の問題もないはずです が?」 祭祀長グルグスも、何とも呑気な様子だ。ウィルドはわなわなと肩を震わせ、 状況を理解できていない使徒達に檄を飛ばした。 「馬鹿者! グディ=アルメフ神は10万年に一度しか降臨せんのだ! その期 を逃せばまた10万年の永きを待ち続ける羽目になるのだぞ!」 「ですから我々はこうして、常日頃からグディ=アルメフ神の御為に祈りを捧げ てきたのではないですか?」 更に呑気なグルグスの言葉にウィルドは頭痛を覚えた。己だけは冷静たらん と、肩で大きく息を吐き、必死の形相で使徒達と向かい合った。 「よく考えてみたら今日がその10万年に当たる日なのだ!」 「はぁ……それはまた何ともめでたい……」 「グルグスゥ! お主、最近になって脳が歪んでおるのではないか! よく考え てみろ!今日が降臨の日ということは、逆に言えば今日を逃せば降臨できんではない か!」 「……はぅ!」 ウィルドの言葉にグルグスの動きが止まる。全身が止まる。空気が止まる。何 もかもが止まる。それは古参の使徒達全員に言えることだった。フリエ、ノエル、 ヴェイドなどの新参者達はそれぞれに事情に詳しくないので、衝撃の度合いは少な かった。 「き、教主……それは非常にまずい事態なのでは……?」 「うむ。マハールクの予言書によれば、天に瞬く放浪者来たる時、星々の御遣い は現れんとある。我が解釈に照らし合わせると、今宵現れる流星に対して我らが降臨 の儀式を執り行うことによってグディ=アルメフ神は降臨とするということだ」 ウィルドは頭上輝く星々を指し示した。 「つまり! いつ来るかは分からんが、流星が来る前に儀式の祭壇を建造し、衣 装を整え、布陣を完成し、暗黒の調べを詠唱していなければならんということだ! 最早一刻の猶予も無い! これより我々は持てる力の全てを注ぎ込んで、復活の儀の 為の準備を執り行う! 本来であれば荘厳なる神殿辺りを使用したかったが、最早そ れもままならん!」 ウィルドは懐から巨大な絵巻物を取り出した。それには事細かに様々な絵が掲 載されていた。 「これは!」 「これこそ私が16年の歳月を費やして解読した、マハールクの預言書に書かれ ていた祭壇の復元図よ! さぁ、使徒達よ、今宵は我が神の為、身を粉にして働くの だぁ!」 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ! こうして、グディアルメフのメンバーの戦いが始まった。彼らは石を切り出 し、磨き、組み立て、ものの数十分で祭壇を再現した。次いで、各自が忍ばせておい た祭礼用の衣装に手早く着替えた。その後、数分のミーティングを経て使徒達はそれ ぞれの定位置へと移動した。因みに、ノエルとヴェイドは場所が決まっておらず、仕 方なくウィルドの左右を固めることになった。フリエは祭壇に設けられた椅子に座ら され、一身に暗黒の調べを聞く羽目に陥ってげんなりしていた。 いつもよりも幾分気合いの入った暗黒の調べを詠唱していると、天の一部がき らりと輝いた。それは10万年に一度この星に大接近する巨大彗星「グディ」であ る。それを見るや否や、ウィルドは早速マハールクの預言書に記されていた神聖語の 呪文を唱え始めた。ウィルドを中心に、この日の為だけに神聖語――この呪文だけだ が――を覚えた使徒達が次々と輪唱する。 呪詛が響くような異様な光景の中、フリエは自分の精神が侵されていくような 気がしていた。どう考えても正常な環境にいるはずがなかった。 (本当にグディ=アルメフなんて降臨するのかしら? 予定通り流星は見えてい るけど、何か嘘臭いし……) 恐ろしく醒めた目で流星を見つめるフリエだったが、その周囲の使徒達のボル テージはどんどん上がっていた。 「きええぇぇぇぇぇぇぇっ!」 どんこどんこどんこどんこどんこどんこどんこ…………! どぉんどぉんどぉんどぉんどぉん! しゃんしゃんしゃんしゃんしゃんしゃんしゃんしゃんしゃん……! ぴーひゃらら! ぴーひゃらら! 六か所に配置された篝火では、それぞれの使徒が奇声を発しながら踊り狂い、 彼らの持つありとあらゆる楽器が鳴り響く。ウィルド、グルグスは目を瞑り一心不乱 に神聖語を唱え続け、ノエルも聞きながら一生懸命唱えるが間違っていたり、ヴェイ ドはそもそも一行も覚えられず手持ち無沙汰にしていたりした。 とにかく異常な光景が広がっているのは明らかだった。フリエは改めて自分が ろくでもない集団に囲まれているんだなぁ、と再認識し、己の運命を呪うように視線 を天に戻した。 (私……負けない! 混沌の世界にするその日まで、絶対に挫けない!) 決意を新たにするフリエはふと気が付いた。先程よりも何故か流星が大きく見 えた。気のせいか、そうも思ったがやはり何かがおかしい。よく見ると流星はどんど ん大きくなっていくではないか。というより、流星がどんどんこちらに近付いて来る ではないか。 (嘘……) フリエの顔が本格的に引き攣る。そうしている間にも、流星はどんどんと大き くなっていき、やがて誰が見てもこちらに近付いてきているのは明白となった。 「ち、ちょっと待って……!」 全力で拒否するフリエだったが、もう遅い。既に流星は超速で祭壇に向かって 飛来していた。もはや逃げる時間すら与えられない。それを見たウィルドが感極まっ て叫んだ。 「おぉ! 遂に……遂に我らが偉大なる、グディ=アルメフ神の降臨だ!」 流星が祭壇に激突する。祭壇は眩い光に包まれ、ウィルド達周囲の者の視界を奪 う。木々は激しく揺れ、耐えきれなくなったものからばたばたと薙ぎ払われていく。 場所によっては地面ごと抉られ、宙に飛んでいったものもある。周囲に大破壊をもた らした閃光と衝撃が止むと、濛々と立ち込める土煙が今度は視界の邪魔をする。 「ど、どうなった!」 期待に胸膨らませたウィルドが立ち上がり、何とか状況を見ようと目を凝ら す。すると、かたかた震えながら顔を引き攣らせているフリエの姿が見えた。 「フリエ! 無事か!」 ウィルドが駆け寄ろうとすると、もう一つ影が見えた。それはフリエの前にい るようだ。 「おぉぉ……まさか」 ウィルドがわなわなと震える全身をどうにか押さえ付けながら、ゆっくりとそ れに近付く。そうしている間に煙は晴れ、遂にその姿が明らかになった。 「きゅー」 それは、鳴いた。瞬間、ウィルドの目が見開かれた。 真っ白く、丸い身体。まるでマシュマロを二つくっつけたような胴体と頭に は、小豆のようなつぶらな瞳がくっついている。口は小さい。背中には小さな羽根が 生えており、ぱたぱたと揺れていた。手や足は小さく、身体を支えきれるのだろうか と心配になってしまう。何より特徴的なのはその額からは一本の触覚が飛び出してお り、そこに天使の輪のようなものが付いていた。体長はノエル程度だろうか。 突如現れた小さな生物(?)の出現にウィルド以下全員が言葉を失った。数分 間見つめ合い、先に動いたのは生物(?)の方だった。 「きゅ?」 小首を傾げる。ただそれだけの動作だった。ウィルド達はやはり動かない。驚 愕に目を見開いたまま、全く微動だにしない。そんなウィルド達を尻目に動いたのが ノエルとヴェイドだった。 「うわぁ、何かちっちゃくて可愛いですねぇ」 「うーん……これが噂の神とやらか? なんつーか、小せぇなぁ」 二匹は生物(?)に近寄り、手を差し出した。触ってみると、マシュマロのよ うな柔らかな感触が返ってきた。あまりの気持ち良さにノエルが歓声をあげた。 「わぁ、プニプニですぅ。気持ちいいですねぇ」 「……衝撃吸収に優れたボディなのか? しかし肝心の攻撃力に難がありそうな 感触だな、おい」 「きゅー!」 頬や身体を触られてくすぐったかったのだろうか、生物(?)は身体をふりふ りと動かして鳴いた。その仕草にますますノエル達が触り始める。 「本当に可愛いですねぇ」 「やっぱ触覚に秘密が……いやいやどうなんだろうな、これは」 と、そんな光景が広がる中、ようやくウィルドが正気に戻った。 「……はっ、不覚であった。あまりにも想定外の事態だった為、このウィルド、 気が動転してしまったではないか。……さて、その生物のことはさておき、我らが神 の召還を続けねばなるまいなぁ。ははは、ははは、はは、は……」 力無く笑うウィルドはちらりと生物(?)を見やった。つぶらな瞳がウィルド に向けられる。そしてまた小首を傾げた。 「きゅ?」 それは、鳴いた。かなり可愛く。ウィルドは思わず綻んでくる表情を必死に押 さえながら、その生物の眼前に立った。身長差はかなり激しい。大人と子供以上の差 がある。 「……一つ聞きたいのだが、お前がもしかしてその……つまりグディ=アルメフ 神なのか?えぇと、星の御遣いなのか?」 生物はしばらく答えなかった。多分、話を理解していないのだろう。あまり知 性を感じないその顔からは緊張感や威圧感、威厳などは全くない。 「きゅ!」 手をぴょこんと挙げ、少し笑顔を作って飛び跳ねる生物。どうやら肯定の意ら しい。瞬間、ウィルドの表情が変わった。天を見上げ、あらん限りの声量で絶叫す る。 「ウソ だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」 真っ白に燃え尽きたウィルドを尻目にノエルとヴェイドと問題の生物が戯れて いる。フリエはあまりの疲労に何も言う気力がないのか、祭壇の椅子に腰掛けたまま 微動だにしない。使徒達は思い思いに泣いていた。 「我らが望んだ神とは……かような存在であったのか」 ぶつぶつと呟くウィルドの目からは生気が失われている。そこへグルグスが やってきた。 「教主……お気を確かに」 「グルグスか……私の、私の16年は一体何だったのであろうな? ただ我らの 神の為に身を捧げ続けたこの16年は。ふふっ、もはや涙も出ぬわ」 「落ち着いて下さいまし、教主。確かに姿形は小さけれど、我々は確かに神を降 臨させたのですぞ。きっとあの姿は仮の姿、なにがしかの神たる力を持っているはず でございます」 グルグスが慰めるように言う。ウィルドの視線が宙をさまよい、生物に注がれ た。ノエルとヴェイドに追いかけられて転び、起き上がれずにじたばたと手足を動か しながら藻掻く生物。走ろうとしても小さい手足が災いして転んでしまう生物。飛ぼ うとしているのだろうか、必死に翼を動かすが僅か数センチ程度しか飛べない生物。 終いには転んだ時にすりむいたのか、痛そうに手を見つめて泣き出す生物。 ウィルドは大きく嘆息した。 「……グルグス」 「……はい」 「何がまずかったのであろうな?」 「……やはり、このような場所で急拵えの祭壇を使ったのが問題だったのではな いかと」 「私も今、それを考えていたところだ」 ウィルドとグルグスは揃って溜息を吐いた。そうしていると、ノエルとヴェイ ドがやってきた。 「ウィルド様ぁ〜、元気ないですね。どうかしたんですか?」 「ノエルか……いや何。降臨した神が我々の想像をある意味で遙かに超えていた ので少し、な。ところでヴェイドよ、あの生物をどう見る?」 無駄だとは思うがと胸中で付け足し、ウィルドが訊ねた。ヴェイドはう〜んと 軽く唸って所見を述べた。 「バランス感覚悪い、強度がない、スピードに難あり。戦士としては超E級だろ うな。見た目だけじゃ何とも言えないが、魔力らしきものも今のところ全く感じねぇ な」 やはり絶望的な見解が述べられ、ウィルドは軽く溜息を吐いた。 「……これからエンシャンルオートの断崖絶壁という所で、何とも頼りないもの だな」 「大丈夫ですよぉ〜。きゅーちゃん頑張るって言ってます」 「きゅーちゃん? 何だそれは」 ノエルが突如発した言葉にウィルドが顔を引き攣らせた。 「きゅーって鳴くからきゅーちゃんですぅ。とっても可愛いお名前で、きゅー ちゃんも納得してくれましたぁ」 嬉しそうに言うノエルの後ろできゅーちゃんもきゅーきゅーと嬉しそうに鳴い ている。そこでウィルドがふとしたことに気が付いてノエルに視線を向けた。 「時にノエル……お前、こ奴の言葉が分かるのか?」 「はい! 元々ノエル達は言葉を使わないでいましたから、きゅーちゃんの心の 声は良く聞こえますよ」 さも当然とばかりにノエル。ウィルドは一縷の希望を求めてノエルに訊ねた。 「ノエルよ、このきゅーちゃんが本当にグディ=アルメフ神なのかどうか、訊ね てはくれぬか? 何が原因でこうなったのか知っておきたい」 「はぁい! きゅーちゃん様、教えて下さい」 ノエルが微妙な敬称を付けてきゅーちゃんと心の対話を開始する。きゅーちゃ んはきゅーきゅーときゅーちゃんにしては大袈裟な身振り手振りで必死に説明をして いる。ノエルはそんなきゅーちゃんの話を黙って聞いている。 「ふんふん。分かりました、ありがとうでした」 会話が終わったらしく、ノエルはすっと振り向いてウィルドの前にやってき た。 「聞いてきましたよぉ」 「おぉ! それでどうなのだ? 真相は」 「えぇと――よく分かんないそうです。何か、気持ちよくお昼寝してた気がする けど、気が付いたらここにいたそうですよぉ」 ノエルの言葉にウィルドが硬直した。誰が見ても分かるぐらいに彼の全身が 真っ白に燃え尽きていく。もはや、声すら出せなくなったウィルドに向かってきゅー ちゃんは歩いていき、力強く胸を叩いた。 「きゅ! ……きゅきゅきゅっ!」 が、その勢いできゅーちゃんは後ろにひっくり返ってしまい、じたばたと暴れ た。が、当然起き上がれない。それを見たウィルドは更に白く、冷たくなっていくの だった。 結局、ウィルドが覚醒したのは夜が明けてからだった。いつかきゅーちゃん様 が神となって世界に平和をもたらしてくれるだろうと、半ば強引に納得したウィルド はそれまで自分がきゅーちゃんのお目付役になると宣誓し、使徒達全員できゅーちゃ んを胴上げした。その場にいた全員が涙を流していたが、彼らですらそれが嬉し涙な のか単なる慟哭なのか分からない状態ではあったが、胴上げされたきゅーちゃんは嬉 しそうだった。 そして、気を取り直してエンシャンルオートの断崖絶壁に向かうことにした一 行は、後方の守りをヴェイドに任せ、再び森の中を突き進んでいた。 そんな一行の、後方では熾烈なバトルが繰り広げられていた。 「……ちょっと、ヴェイドぉ。何でそんなに早く歩くのさ!」 ヴェイドから少し遅れる形となったノエルが不機嫌そうにヴェイドを責めた。 ヴェイドはそんなノエルに嫌らしい笑みを見せた。 「俺はそんなに早く歩いてる気はないんだけどなぁ。……どっかの誰かが遅いだ けじゃねぇの?」 その言葉にノエルがますます頬を膨らませた。 「ウィルド様から一番後ろにいろって言われたの、忘れたの! きゅーちゃん様 だってとっても遅れてるんだから! ね、きゅーちゃん様……ってあれ?」 同意を求めて背後を見ると、きゅーちゃんの姿はない。 「……マジかよ」 ヴェイドがさすがに困った様子で背後を見やった。森は一歩踏み間違えただけ で迷ってしまうほど難解な地形だ。ちょっと目を離した隙に消えたとなれば探すのは 困難を極める。 「……どうしよう、ヴェイドぉ」 早くもノエルが泣きそうな顔になる。ヴェイドが頭を掻き毟りたい衝動に駆ら れるが、自分は兎だということを思い出し、何とか踏みとどまった。 「あぁ、分かった分かった! 俺が探してくるから泣くな! ……ったく、 きゅー助の奴にも困ったもんだな」 ヴェイドが大仰に溜息を付いて走り出そうとした。その時だった。 「きゅーーーーーーーーーーーーーーーっ!」 情けないような、悲鳴のような、絶叫のような甲高い声が響き渡り、きゅー ちゃんが一生懸命走ってきた。が、その足取りは極めて遅い。きゅーちゃんが取り敢 えず見つかり、ノエルが歓声をあげた。 「きゅーちゃん様!」 「きゅきゅきゅーーーっ!」 きゅーちゃんが泣きながらノエルに抱きついた。それを見てヴェイドの表情が 険悪になったが、幸い誰も気が付かなかった。 「おい、きゅー助。いきなりいなくなったと思ったら、なかなかいい度胸してん じゃ……ん?」 ノエルに抱きついて泣きじゃくるきゅーちゃんを羨ましそうに、恨めしそうに 見ていたヴェイドは森の奥を睨んで言葉を切った。軽い地鳴りと共に何かがこちらに 向かってやって来る。 「……おい、きゅー助。あれか? お前追っかけてたのは?」 ヴェイドが指す先には、巨大な牛が猛然と走ってくる姿があった。 「きゅー! きゅー! きゅーー!」 「一生懸命歩いてたら、あの牛がいきなり追いかけてきたんだって! ヴェイ ド……どうするの?」 ノエルの不安そうな声に、ヴェイドは軽く咳払いをして答えた。 「決まってるだろ。森の平和を脅かす悪い奴は懲らしめてやんないとな」 そう言って牛に向かうヴェイドの胸中には既に別の事柄が浮かんでいた。 (ちくしょう、あのきゅー助の野郎! ちょっと小さくて可愛いからって……) 「こんちくしょぅ!」 怒りの一撃、ヴェイドは凄まじい気迫で牛に飛びかかり、たった一撃で打ち倒 した。 「あぁぁ……気分が晴れねぇ……」 ドスの利いた声で戻ってきたヴェイド。きゅーちゃんを睨み付け、ポンと叩 く。 「こら、お前もいつまでそうしてんだよ!」 「きゅー!」 叩かれたきゅーちゃんはちょっと涙目になりながらノエルから離れる。 「もぉ! どうしてそんなに乱暴なのさ!」 「うるせぇ! おら、行くぞ! 旦那方と大分離れちまったからな」 歩き出したヴェイドはさりげなくきゅーちゃんの横に並んで耳打ちする。 「おい、きゅー助」 「きゅ?」 「あんまいい気になんじゃねぇぞ」 「きゅー……」 ヴェイドに睨まれ、ちょっと哀しげなきゅーちゃん。そこにノエルが追い付い てそっと慰めた。 「ヴェイドはほんとに乱暴なんだから。きゅーちゃん様、あんなの気にしなくて いいんですからね」 こうして何とか森の奥を進んでいくグディアルメフ一行。太陽も天高く昇った 頃、遂に不気味な森を抜けることに成功した。眼前には天を貫く巨大な岩壁と巨大な 滝が現れた。 「おぉっ! 遂に着いたぞ。エンシャンルオートの断崖絶壁だ!」 ウィルドがあまりの壮大な光景に感嘆の息を吐いた。まさに難所中の難所と呼 ぶに相応しい場所だ。 「長い旅でしたなぁ……教主」 「うむ。思えばここに辿り着くまでにどれほどの苦難があったろうか……私は 今、大いなる満足の内にあるぞ」 「しかし、雄大な景観ですなぁ。これからここを登るんですか」 グルグスは首が痛くなるぐらいに絶壁を見上げる。すると、空に黒い影が過 ぎった。 「教主! 何かが来ますぞ!」 「ヴェイドの言っていたゾルキーの怪鳥か!」 ウィルドが身構える。確かに巨大な鳥がこちらへと向かってきている。だが、 何か様子がおかしい。いやに慌てている気がする。 刹那―― 「ギャァァァァァァァッ!」 ゾルキーが絶叫し、力を失って墜落した。轟音と共に地面に叩き付けられたゾ ルキーは全身を焦がし、ぶすぶすと黒煙を上げていた。明らかに何者かの手によって 倒されていた。 「こ……これは一体」 たじろぐウィルド達の脳に、声が響き渡った。 「ほほほほほ! お待ちしておりましたよ!」 周囲が眩くなり、光と共に巨大な影がウィルド達の前に降り立った。全長4 メートル、巨大な翼をまとったその異形の姿。ウィルドがカッと目を見開いた。 「き……貴様はまさか、グディ=アジェスラータ!」 |