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2003年第二期リレー小説 「蘇る大森林〜ノエリットの奇蹟〜」 第30回 (相変わらず設定のためにストーリー展開が犠牲に……ごめんなさい) めしや ウリスが洞窟に帰還すると、すぐに白い法衣の男が姿を現した。その顔には怒気が宿っている。顔が赤くなっているのはろうそくの灯のせいだけではないだろう。 「いったいどこへ行ってきた!?」 「あら? その言いようじゃ、まるで私が外に出てはいけなかったようね。私は監禁された覚えはないんだけど?」 「…………!」 彼がなおも言い募ろうとした、そのときだった。 「やめろ、クレイザード」 ろうそくの灯の届かない洞窟の奥、その闇の中から重々しい声が響いた。瞬間、白の法衣の男――クレイザードはみじろぎし、振り向きざまにひざまずく。その様子を冷ややかに一瞥し、ウリスは立ったまま人影が近付いてくる奥の闇を見据えた。 やがて現れたのは、一人の老人だった。 「……聖者様」 かすれた声でクレイザードがその名を呼んだ。老人は鷹揚にうなずき、クレイザードのすぐ前で立ち止まった。 「お前は、席を外せ」 「…………わかりました」 頭上から振り下ろされた声に、クレイザードはかすかに肩を震わせたが、頭を深々と下げると立ち上がってすばやく歩き去った。 クレイザードの気配が完全に遠のくと、老人はウリスに向き直った。途端、彼がまとう冷たい重圧感がウリスに迫ってくる。 「……さて、ウリス。『ヴェリルザの歴史書』を持ち出したな」 単刀直入に来たか――プレッシャーを感じながらも、ウリスは余裕を装うべく口元に笑みを形作った。 「ええ、その通りよ」 遅かれ早かればれることだ。開き直る覚悟も、どんな反応が返ってきてもうまく立ち回る準備も、十分できていた。身の危険を感じなくはないが、たとえ向こうがどう思おうと、グディ=アジェスラータがついている以上ウリスにはうかつに手が出せないはずだ。 「……そうか」 しかし、ここで全く予期しなかったことが起きた。 (………………え?) この、目の前の老人が。 滅多にしゃべらず、表情を動かさず、この洞窟の闇と同化しているかのような老人が――笑ったのだ。 深い深い、愉悦の笑みがそこにはあった。 「いいのだ、それで」 「…………!?」 予想外の反応に、ウリスは目を見開き息を呑んだ。思わず老人の目を見てしまう。その様子に、彼は満足げにうなずいた。 「己の思うがままに行動するが良い。それが、わが計画成就につながるのだから」 そう告げ、老人はウリスの目をじっと見つめた。ウリスは、視線を逸らすことができなかった。今までクレイザードが老人に対して怯える動作をするのを見て、自分はあのようには決して屈しないと誓っていたのだが、その意識すら老人の瞳の闇に吸い込まれそうだった。 どれほど時間がたったのだろうか。老人はそれで言うことは終わったとばかりに、ゆったりとした動作できびすを返した。そのまま、闇に溶け込むようにして洞窟の奥へ消えていく。 ウリスはその闇を、しばし魅入られたように見つめ続け――やがて震える声でうめいた。 「……どういうことなの?」 フリエにヴェリルザの歴史書を渡すことは完全にウリスの独断であり、離反行為であるといっても過言ではなかった。なのに何故、さも計画通りのように言われるのだ。 魔術の中には、人の意思や感情に干渉するものがある。気付かぬうちにそれに囚われていたのだろうか。いや、そんな魔術がアジェスラータの手による防護を破れるはずがない。自分が聖者から何の術もかけられていないのは間違いない。 そのはずなのに、不安が消えなかった。 抑えようとしても、胸の底からにじみ出るようにして這い登ってくる。 まるで闇の中をしるべがわからず彷徨っているかのようだ。自分はいったいこれからどうすべきなのだろうか―― 「どうしたんだ? 顔色が悪い」 その声で、ウリスは我に返った。 足が自然に行き慣れた場所へ向かったか、ウリスはいつの間にか、普段いる場所――七賢人の書の暗号を解くための作業場に来ていたようだ。 心配げな眼差しでこちらを見つめてくる男の名を、ぼんやりつぶやく。 「……ラーカイトさん」 その声は、やはりかすれていた。 ※ ファラリスが目を覚ましたのは、フォルスの視界からスピリットたちが消えてしばらく経ってからだった。ティアはまだ目覚めない。 なんとなく拍子抜けしたものを感じながらも、フォルスは気を失った心当たりを尋ねてみた。が、ファラリスに心当たりはないようだった。そういえば、ジークの家の前でのときも、そんなことを言っていた。 「スピリットたちは何か知ってるみたいだったよな――呼んでみてくれないか。質問したい」 「え? ここにいるけど――兄ちゃんには見えないの?」 「…………」 どうやらスピリットたちは、どこかへ去ったわけではなかったらしい。 何となく、ティアの気持ちがわかった気がする瞬間だった。 「……俺にもちゃんと姿を見せるよう言ってくれ」 「ん、わかった」 ファラリスは素直にうなずき、空に向かって話し出した。 やがて、しぶしぶといった様子で無数の光球が出現する。 「ドウシタ」 「アノ女ニ対スル認識ヲ改メタカ?」 「いや、そうじゃなくてな……」 フォルスが問いかけを発しようとした、そのときだった。 「その前に、ちょっといいかな――」 唐突に、新たな声が割り込んだ。 振り向くと、そこには白い光の球が一つ浮いていた。 (――スピリット? でも、声が普通の奴と違ったよな) 今フォルスの周りを囲んでいるスピリットたちの声よりも、遥かに聞き取りやすい。 そんなことを考えていると、スピリットたちが騒ぎ出した。 「オ前ハ!」 「グレンガラン!」 「裏切リ者ガ何ヲシニ来タ!」 新たに現れた光球は、明らかな敵視の声を全く取り合わなかった。 「はじめまして、本の継承者。スピリットは固有の名前をつけない慣わしだけど――僕は特別にグレンガランと呼ばれている」 フォルスは、目のない光の球から視線のようなものが自分に向けられるのを、確かに感じた。 「……グレンガラン……古代妖精語で、異端という意味だったな」 フォルスがつぶやくと、光は上下に動いた。 「うん、よく知ってるね。スピリットの性質は群体に近く、普通は集団行動をするものだけれど、僕はたいてい単独で行動しているし……しゃべり方も違うだろう? だからそんな名前がつけられたんだ」 「ソレダケジャナイダロウ!」 突如、スピリットたちが騒ぎ出した。 「オ前ガ異端ナノハ、『機(はた)ノ一族』ニ与シタカラ!」 「コノ裏切リ者メ!」 「……誤解があるようだけど、僕は機の一族そのものに付いたわけじゃない。ただ、友達個人を手伝っているだけだ」 「アンナ一族ニ!」 「裏切リ者!」 周囲でかん高く騒がれ、フォルスもさすがに音を上げた。 「少しは黙れよ、お前ら!」 耳をふさぎながらの叫びに、スピリットたちは少し声を落とした。 フォルスは安堵の息をつき、グレンガランと名乗った光球に目を向けた。スピリットたちが妙に敵視している事情はわからないが、すぐ騒ぐスピリットたちよりはグレンガランに聞いた方が、話は早そうだ。 「説明しろよ、機の一族って何なんだ? 裏切り者ってどういうことなんだ?」 「話すと長くなるよ」 「構わない。わけのわからん会話を、前後左右おまけに頭上でま続けられるよりはよっぽどいい」 「……確かに」 グレンガランは笑ったようだった。 「じゃあ、話そうか……」 「待テ、グレンガラン!」 突然、スピリットたちが騒ぎ出した。 「イッタイ何ヲ企ンデイル!?」 「何って、説明するだけだよ。君たちがしゃべるよりは、僕が言った方が人間には聞きやすいだろう?」 確かにその通りだと思い、フォルスはうなずいた。 が、それでスピリットたちは納得しなかったようだ。 「信用ナラナイ!」 「本ノ継承者ニ何ヲ吹キコム気ダ!?」 「……騒がしいよ、君たち」 声には、不機嫌な響きがあった。 「僕が『グレンガラン』と呼ばれるもう一つの理由……思い出させてあげようか?」 「…………!」 その瞬間、空気が変わった。 グレンガランから莫大な魔力が膨れ上がる。先ほどスピリットたちが集団で練り上げたものよりも、遥かに高密で膨大な魔力だ。 フォルスは背筋が粟立つのを感じた。額に冷や汗が滲み出す。 (これをたった一体で……なるほど、異端と呼ばれるわけだ) スピリットたちもさすがに恐れおののいたのか、水を打ったように静まり返った。 グレンガランは上下に揺れると、魔力を霧散させた。 「君たちはそういう風にすぐに感情的になるから、僕が話そうというんじゃないか」 「……シカシ」 「僕は嘘をつかない。我が友の名においてそう誓う」 「――本当ダナ?」 「もちろん。それに僕が間違ったことを吹き込みそうだったら訂正すればいいじゃないか」 それで納得したのか、スピリットたちは押し黙った。 「よし、じゃあ説明をしようか――」 「ああ、頼む」 グレンガランを見据え、フォルスは神経を集中させた。 これから語られる話を、一言一句聞き漏らさないように。 ※ 「何か暖かいものでも持って来よう」 ラーカイトはそう言って、返答も待たずに行ってしまった。その行動に押し付けがましさを感じないのは、彼のまとう空気ゆえなのかもしれない。ふとそんなことをウリスは思う。 年齢は自分と同じくらいに見えるのだが、物腰や雰囲気ははるかに落ち着いているのだ。そのあたりが、呼び捨てではなく自然と敬称をつけて呼んでしまう所以なのかもしれない。 しかし――ウリスは自分自身に言い聞かせる。だからといって、警戒を解いていいわけではない。 (私が『ヴェリルザの歴史書』を持ち出したことには気付いているはず、よね) 先ほどまで解読していた本が、ウリスがいなくなった際になくなったのだから、容易に想像がついてしかるべきである。しかしラーカイトの様子は普段と全く変わらない。 これはどう判断すればよいのか――ウリスの胸のうちにまた不安が湧き上がってくる。 思えばラーカイトは謎の多い男だった。 数ヶ月前、ウリスは唐突に彼と引き合わされた。どうやら彼の存在は聖者たちにとっては周知のことで、知らなかったのはウリスのようだった。 それからは彼とは幾度も話をした。魔術や歴史に造詣の深い彼は、ウリスにとって良い話し相手だった。が、彼は自分のことについて一切語ろうとしなかった。 せめて、彼があの老人に対して積極的に忠誠を誓っているのかどうか、普段の会話やそぶりから探ろうとしたのだが、それすらもわからなかった。これでは、対応の方法を決めることができない。 そんなことを悶々と考えているうちに、ラーカイトが戻ってきた。彼はポットごと盆に乗せて持ってきており、ウリスの目の前で二人分の紅茶を淹れた。湯気の立つカップをウリスの目の前に置いてから、自分の分を口に運ぶ。 「うん、なかなかうまくいった。君も飲むといい、おいしいはずだ」 しかしウリスは、紅茶に手をつけなかった。同じポットから自分用の夜入れて飲んでいる以上、紅茶に何かを仕込んでいるわけではないのだろう。しかしそれでも彼の真意が読めない以上、油断ならなかった。 ラーカイトしばし紅茶を味わっていたが、ウリスがカップに触れようともしないのを見ると苦笑し、 「――同じノエリット・ヴァーンと呼ばれる者たちでも、内部では複数の集団に分かれていた」 唐突に、そんなことを語り出した。 「リーダーを輩出する長の一族、魔術に特に優れ種々の儀式を司った祭祀の一族。そしてその中には、『機(はた)の一族』と呼ばれる者たちがいた」 ウリスは訝しげに眉をひそめて彼を見やった。何故、彼はこんなことを今話すのだろう。 「ただし機といっても、材料は生糸ではなく織られるのは織物ではない。人の感情や思惑、時代の流れや事象といった糸を操り、自分たちの思い通りの物語を織り上げる――それが、機の一族だ」 こんな――ここにいる自分たちにとっては当たり前の知識を。 ※ 「……ようするに、物事を思い通りに動かす能力を、機の一族は持っているってわけか」 「その通り、だから彼らは、その能力を生かして内外の諜報活動を行っていた」 フォルスの言葉に、グレンガランはまた上下に揺れた。先ほども同じことをしたが、人間でいうとうなずいたといった動作だろうか。 「さて、今から約千七百年前のことだ。妖精と人間たちの間で戦争が起こった際、妖精たちのほとんどは、このような戦いはすぐに決着がつくと思っていた。もちろん、妖精側の圧勝で。何せ妖精は、魔術をはじめとする人間よりもはるかに高い技術を持っていたからね」 その言葉にフォルスはなんとなく腹が立ったが、事実ではあると思った。今残されている記録だけからでも、妖精たちが持っていた高度な技術をうかがい知ることができる。 「しかし、蓋を開けてみれば劣勢に追い込まれたのは妖精側の方だった」 「……それはいった何故なんだ?」 「僕もわからない。ただ、気付けば人間たちは確実に妖精を脅かすことになっていた」 かねてから疑問に思っていたことを口にすると、グレンガランは今度は横に揺れた。こちらは人間で言うところの頭を振る、という動作なのだろうか。 「そんな状況下、ノエリット・ヴァーンの中ではある意見が持ち上がっていた」 少し話はそれるけど――前置きをして、グレンガランは語り出した。 「ノエリット・ヴァーンの聖地である森では、よく過去の情景が再現されることがあったし、一部の者にしか使うことが許可されていない通路は、時流の歪みを利用したものだった。そして聖地の中心には、長と祭祀の一族しか近付くことの許されない未来へと続くという扉があると言われていた――だから彼らは考えたんだ。もしかしたらこの森には、時をさかのぼる力だってあるのかもしれない、と。その力を使えば、過去に舞い降りて戦況をひっくり返すことだってできるに違いない、と。しかし長の一族はその疑問を否定した。もし仮にそのような力があったとしても、現在を生きる者として過去に干渉することはあってはならない、とも言った」 ここでグレンガランは、くすりと笑みを漏らした。 「さて、こんなことを言われて、彼らは長の一族の言葉を信じたと思うかい?」 「……いや、反発しただろうな。長の一族は何かを隠しているように感じるし――勝つための可能性がわずかでもあるのなら試してみるべきだと大義名分を掲げて抗議しそうだ」 「うん、その通りだ」 フォルスの答えに、グレンガランは再び上下に揺れた。やはりうなずいているらしい。 「ただ、中には抗議だけでは終わらない者たちがいた。それが、機の一族だった」 その単語に、スピリットたちがぴくりと震えた。 「機の一族は元々、自分たちこそがノエリット・ヴァーンを動かしているという自負があった。だから長の一族への反抗心が奥底でくすぶっていたんだけど――それが今回のことで一気に燃え上がった。長の一族には任せておけない。ノエリット・ヴァーンを導くのは自分たちだ、と」 「何テ傲慢ナ――」 「ソンナ考エヲ持ッテイタカラ、アンナ――」 「――彼らは持てる技術を全て駆使して、長の一族へ不満を持つ者たちを煽動した。自分たちが誘導されていると気付かれぬよう、功妙にね」 スピリットたちのささやき声に構うことなく、グレンガランは話を続けた。 「こうして彼らは長の一族糾弾の先頭に立ち、その地位に成り代わろうとした。それを阻止したのが七賢人だった」 「――七賢人が?」 「そう。七賢人は、これが内乱の火種になり、ひいては種としての弱体化を招くことになる、と皆を説得して回った。敵対している人間の言葉を、当然最初は受け入れる者は少なかった。けれども少しずつ理解者は増えていき――とうとう煽動者であった機の一族がつるし上げられることになった」 スピリットたちの間から「当然ダ」というささやき声が漏れてくる。 「彼らは――あの時すでに、もうどうしようもないところまで追い詰められていたのかもしれない。今まで全てが自分たちの思い通りになると思っていたところを、完全に思惑を外れた方向へ事態が流れ始めていたのだから。そこで彼らは考えた。自分たちの思い通りにならないのなら――いっそ全て壊れてしまえと」 「…………はた迷惑な話だな。かんしゃくを起こした子供じゃないんだぞ」 「僕もそう思うよ」 グレンガランは苦笑した。 「ただ、彼らが子供と違うのは、彼らには全てを破壊する方法があったんだ」 「破壊……?」 その単語にフォルスは、嫌な予感を覚えた。 「そう。彼らは煽動している際、祭祀の一族から情報を聞き出していた。我々の世界より遥か高次元におわす、時すらも操る神々の存在と――その降臨の儀の方法を。そして喚び出したんだ――」 「…………まさか」 「――そう、破壊神グディシャルーフを、ね」 ※ 「降臨した破壊神は、ノエリット・ヴァーンの聖地を壊滅させた。七賢人は破壊神を倒そうとしたが、今の自分たちの力では到底敵わぬことを悟り、問題を先送りさせるという決断を下した。何らかの手段をもって破壊神と対話し、まだこの世界は破壊するに足るほど成熟してはいないと説得をしたんだ。それに納得したのか、破壊神は還っていた。一度滅ぼした聖地を、まだ時期ではなかったからと過去より喚び戻すというおまけつきで」 ここまでの話を、ラーカイドはゆっくりと、しかしどこか口を挟む隙を入れない熱を込めて語り切った。 「……まあ、このあたりの破壊神降臨の経緯は、『ヴェリルザの歴史書』の暗号第四層に書かれていることから、君も知っているだろうがな」 つい話すのに熱中してしまった、と照れくさそうに告げるラーカイトの発言に、ウリスは目を見開いた。 確かにその記述は彼が言った通りのところにあった。が、彼が『ヴェリルザの歴史書』に触れているところは一度も見ていない。なのに何故そのことを知っているのだろうか。 「そして七賢人は、いずれ来るであろう破壊神再降臨に備えて本を記し、自分たちの魔力の大部分を注ぎ込んだ。それが七賢人の書だ。七賢人は、本に緻密な魔術を施した。本に込められたおのおのの魔力と感応できる資質を持った者に七賢人の書が渡り、いつか破壊神が再び降臨する際に集うように、ね」 ここでラーカイトは、口元にどこか茶目っ気のある笑みを乗せた。 「……さてここで問題だ。この七賢人の書は、千数百年の時を経てきたにしてはあまりにも保存状態が良すぎる。魔術的な防護がしてあったとしても、もっと朽ちていていてしかるべきだ。なのに何故、こんなにも『新しい』のだろう?」 そんなことは簡単だ、とウリスは思った。これも『ヴェリルザの歴史書』の第四層に書かれていたことである。 「『未来の扉』を使ったから」 「正解だ。七賢人たちは『扉』を利用して本を未来へ送ったんだ」 ウリスの答えにラーカイトは、指名した生徒が正答を述べた教師のように、満足げにうなずいた。 「さて一方、機の一族は破壊神降臨に巻き込まれ、自業自得とはいえその数を大きく減らしていた。まあ、彼らだけでなく、ノエリット・ヴァーンという種全体も、危機に陥っていた。ノエリット・ヴァーンは人間と比べると遥かに長命だから、その分生殖能力が低い。人口が一気に減れば保たないのはどの一族も同じだ――しかし機の一族が、自分たちだけが悲惨な目にあっているのではということがわかるような者たちだったら、元々こんなことは起こってはいまい。当然彼らは七賢人を逆恨みし、七賢人の計画の妨害をもって、復讐をしようと考えた」 ウリスは呆れてため息をついた。 「…………本当に子供よね。私の息子も娘も、もう少し聞きわけが良かったわよ」 「そうだね、僕にも弟子がいるが……彼女は小さい頃からとても良い子だった。素直じゃないところもあるが、根は真っ直ぐで――」 そこまで言って、ようやく話題がずれたことに気付いたのか、少し頬を染めてラーカイトは咳払いをした。 (ここまでのやりとりでわかったことがあるわね) ウリスは心の中で再確認した。 一つは、彼が機の一族の行動を肯定的に見てはいないこと。 もう一つは、彼にはこの世界に大切な存在がいること。 (――私と、同じように) 「とにかく――機の一族は総力をもって復讐を開始した。まず、本来七賢人の書を受け取るよう託されていた者を捜し当て、情報を聞き出した」 その詳細をラーカイトは述べなかったが、おそらく強引という言葉では片付けられないような手段を使ったのだろうと、ウリスは見当をつけた。 「そして七賢人の書をを手に入れた彼らは、本を資質を持った者に渡すことにした」 ここでウリスは首をかしげた。以前から疑問に思っていたことを口に出してみる。 「……どうしてそんなことをしたのかしら? 計画を頓挫させるためなら、自分たちで持っていればよかったでしょうに」 「ただ計画をつぶすだけじゃ飽き足らなかったんだよ。持ち主が揃い、あと一歩で計画が成功するというところで全てをひっくり返すことで、溜飲を下げたかったんだ」 「…………陰険ね」 「……否定はしない」 ウリスの率直な発言に、ラーカイトは苦笑した。 「機の一族はもちろん、本の監視を怠らないようにし、自分たちに都合が良い者に本が渡るように調整してきた。そのためにはいろいろな無茶もやったよ。たとえば三百年前には、駒が動かしやすくなるように、舞台となる過去の森を領土に含む国家創立の手助けをしたし――占術によって自分たちの一族に資質を持つ者が現れることを知ると、血を残すために近親同士の婚姻までもした」 ここまでの話はもちろん、ウリスも全て知っていることだ。それなのに何故か、引きずり込まれるものがある。 温かなお湯の中にいる気分になってくる。彼の、穏やかな話し方のせいなのだろうか。 ※ 「……国を作った?」 フォルスの横で、今まで黙って話を聞いていたファラリスがさすがに目を丸くした。 「そんなにすごいのか、機の一族は?」 「まあ、事象を動かすことにかけては右に出るものはいないだろうね」 「……ちょっと待て」 ファラリスとグレンガランの会話に、フォルスはかすれた声でわって入った。 「お前の話を聞いていると……聖者は……」 「君の考えている通りだと思うよ」 グレンガランは上下に動いた。 「聖者は、機の一族当主にして、おそらく最後の純血を保つノエリット・ヴァーンだ」 「…………!」 話から予想していたとはいえ、衝撃は大きかった。フォルスは思わず息を呑む。 スピリットたちが、呻くようにささやき出した。 「ダカラ、裏切リ者ナンダ」 「森ヲ救ッタ七賢人ノ名ヲ汚ス者」 「ソレバカリカ、世界マデモ滅ボソウトシテイル」 「……七賢人の書に選ばれた者は、本来破壊神による世界の崩壊を防ぐ役割が与えられる。しかしその選ばれた者こそが破壊神降臨を導く――これこそが、機の一族が描いた復讐の構図なんだ」 「……何だよそれ」 フォルスは思わず頭を抱えた。 祖父から墨色の本を引き継いで。暗号を何とか解いて。魔術の叡智を求めて過去の森までやってきて。唯一つの本だと思っていたらうるさい少女と一緒にもう一冊出てきて。しかも実は七冊もあることがわかって。それから急に暗黒神だの破壊神だのと話が広がっていって―― (あげくは、世界の崩壊を防ぐだと? とんでもない展開だな) それでも、どこまでもやってやると自分は決めたのだ。今そばで眠っている少女とともに。 フォルスは、口元に笑みを浮かばせた。ひるんでなんていられない。もしティアに意識がある時にそんなことをしていれば、きっと文句を言われるだろう。 (ただ……) 不安な点も、当然ある。 「妖精が……俺たちよりも遥かに魔術に長けた奴が相手、ということなのか」 「それだけじゃないよ」 グレンガランはさらに追い討ちをかけた。 「機の一族は――いや、これはノエリット・ヴァーン全体にいえることだけど――一族を存えさせるために、多くが人間と交わった。それでもやっぱり人数は少ないけど――でも皆が強い魔力を持っている」 ふと、フォルスの脳裏に、あのグディエカーリオを従えていた白の法衣の男がよみがえる。 「あの、聖者の使徒とか名乗っていた奴もか」 「……クレイザードのことかな。彼も混血だよ」 やっぱりか、とフォルスは額を押さえた。 「とにかく――これで機の一族はノエリット・ヴァーンのみならず世界にとっての裏切り者とみなされ、一族の友達を個人的に手伝っている僕も裏切り者扱いされているというわけだ」 グレンガランの言葉でようやく、長かった説明が終了した。 ※ 「さて、僕の話はここからが本番だが――」 紅茶のカップで己の手を温めながら、ラーカイトは言葉を続けた。 ウリスはそれを、ぼんやりと聞いている。 「近親同士の無理な婚姻や、魔術の儀式によって『彼』は生まれた。その影響で老化は激しいし、あまり動くことはできない。それでもその分、一族としての技術はかなり卓越している」 「……それが、どうしたの?」 「つまりは……こういうことが得意、というわけだ」 ぱんっ、と。 唐突に、ウリスの目前でラーカイトの手が打ち叩かれた。 「…………あ」 同時に、今まで不明瞭だったウリスの意識が、さっと澄み渡った。 「目は、覚めただろうか?」 問いかけに、ウリスはゆっくりとうなずいた。 「私は……暗示をかけられていたのね」 「ああ、『彼』はこの手のことに関しては本当に巧いからね」 ウリスは大きく息をついた。あの老人との短い対話の中でウリスは暗示をかけられ、疑心暗鬼状態になるよう仕向けられていたのだろう。ウリスの思考を硬直化させ、誘導しやすくするように。魔術ではないために、アジェスラータの防護は作動しなかったようだ。 そしてラーカイトは、その暗示をといてくれたようだ。 「僕の場合は、独特の韻律であそこまで長く会話をして相手を催眠状態にする必要があるけど――彼の場合はほんの一言二言で済んでしまうから恐れ入るよ」 あのウリスにとっては既知の話は、催眠状態に誘導するためのものだったらしい。 それはわかったのだが、やはり疑問は残る。ウリスは思い切って尋ねてみることにした。 「……何故あなたは、私を助けてくれたの?」 「……それは……」 ラーカイトはしばし沈黙していたが、やがて静かに語り出した。 「七賢人の書が過去から送られてきたのは、六百年ほど前だった。受け取ったのは、僕の父だ」 六百年、とウリスは心の中で繰り返した。その年月の意味するところはつまり、 (やっぱり、彼も人間とノエリット・ヴァーンの混血だったのね) あの老人に仕えている以上そうなのだろうとは予想していたが、その年月の長さには思いもよらなかった。 「父は機の一族の中でも変わり者で、七賢人と個人的に交流していた。だから各人の癖とか思考の方向性を知っていて、暗号の解き方は簡単にわかったらしい。父は一族の者たちに本を渡す前に、最終層は除く第一層から第五層までの暗号を解き、息子以外の誰にもそのことを言わなかった」 「…………!」 その言葉の指し示すところに、ウリスは息を呑んだ。震える声で問いかける。 「あなたは……あれを、読んだの?」 「解読したわけではないがな」 ラーカイトは軽くうなずき、ウリスの目を真っ直ぐに見つめた。 「君はおそらく、『ヴェリルザの歴史書』の暗号第五層までを解読してしまったからこそ、今ここでこうしているのだろう。しかし、僕には君のように行動することができない」 「……何故?」 問いかけには、自然と苛立ちが混じった。自分は大切なものを切り捨ててまでここにいるのに、自分よりも真実に近いところにいるはずの彼は、何故行動しようとしないのだろう。 「全てを、知ってしまったからだ」 答える声は感情を押し殺したように淡々としていた。 「――いや、全てとは言えないな。僕は最終層を読むことができないのだから。それでも僕は、自分の意志で動くには多くのことを知りすぎてしまった」 苦渋に満ちた声を絞り出し、ラーカイトはうめくようにつぶやいた。 「だから僕は、『君たち』の動きに期待するしかないんだ」 言いながらラーカイトは、テーブルの上に置かれた朱色の本をそっとなでた。『レルスタールの法典』を見つめる彼の目には、先ほどまでも苦しみが消え、どこか優しげな光があった。 その眼差しが、先ほど彼が弟子の話をしたときのそれに重なった。 「『レルスタールの法典』の持ち主は、あなたのお弟子さんなの?」 「ああ、きっと彼女が選ばれることになると思っている」 「……よほど良いお弟子さんなのね」 うなずくラーカイトの表情があまりにも誇らしげなものだから、ウリスは冷やかし半分に言ってみた。するとラーカイトは苦笑を漏らした。 「弟子としては、どうだったんだろう。努力家で、こちらが教えたことをそれこそ綿が水を吸い取るように身につけていったけど――負けん気が強くて、師匠にさえ譲らないところがあって――そのうち、折れてしまうんじゃないかと心配になることもあった」 ここでラーカイトは、ふっと遠い目をした。 「……僕は、多くを知るが故に身動きがとれず、流れに任せるしかなかった。だから十数年前、『レルスタールの法典』継承者候補を一族の都合が良いように導くよう上に命じられた時、逆らわずに彼女のもとへ行き――そこで可能性を見た。彼女なら、流れを変えることができるかもしれない――そう思ったんだ」 言葉が進むにつれ、ラーカイトの目と表情が明るくなっていくのがウリスにはわかった。 「彼女が過去の森へ旅立つ際、贈ったものがあるんだ。それが、彼女が自力で真実に近付く手がかりになると思ったから。……情けないことに、その程度の干渉すらも怖かったんだが。でも、贈った甲斐は必ずあると信じている」 そう語るラーカイトの、拳がテーブルの上できつく握り締められていることにウリスは気付いた。彼の様子を見るに、無意識の行動のようだ。信じていると言いながらも、干渉は非常に恐ろしいものだったのだろう。 ウリスは思う。ラーカイトは自分よりもはるかに経験を積んでいて、その分物事の対処に離れているはずだ。それなのに、自分の行動にここまでのためらいを感じている。その原因となっているのはおそらく七賢人の書第五層に記された内容だ。確かにあれは衝撃的な内容だった。しかし、ここまで恐怖を感じるものなのだろうか。 いったい、七賢人の書全てが解き明かされたとき、何が出てくるというのだ。 「……あなたはいったい、何を知ったの?」 「言えない」 きっぱりと、彼は言った。 「君が、君の裁量で自由に動くためには、言うわけにはいかない。僕は、君に思うままに動いてもらうために暗示をといたのだから」 それが答えか、とウリスは思った。 彼は、基本的にはウリスの行動に干渉はしないが、自由意志を縛るものは取り除いてくれるつもりらしい。 (協力は得られないけど味方、と考えていいようね) そこまで考えて、ふとウリスはふと重要なことに気付いた。 「……そういえばまだお礼を言っていなかったわね、ごめんなさい。ありがとう、助かったわ」 「それかまわない。……ああ、ただ今度からはちゃんと紅茶を飲んでくれると嬉しい」 その言葉に、ウリスは声を立てて笑った。 「ごめんなさいね。でも、もう冷めてしまったわね。残念だけどちゃんとした味がわからないわ」 「なら、淹れ直してこよう」 立ち上がろうとしたラーカイトを、ウリスは手振りで止めた。 「今度は私の番よ。あなたの紅茶の味は次回を楽しみにすることにするわ」 ウリスは立ち上がり、奥の炊事場へ向かった。 ラーカイトの横を通る瞬間、風の吹かない洞窟の中のはずなのに、暖かな風を感じたような気がして思わず立ち止まった。 「どうした?」 「……いいえ、何でもないわ」 ウリスは顔に笑みを浮かべながら、軽い足取りで歩いていった。 ※ グレンガランの説明が終わると、スピリットたちがフォルスにむけて騒ぎ始めた。 「ワカッタダロウ、選バレシ者」 「機ノ一族ハ裏切リ者ダ」 「ダカラ、コノ女ハ危険ナンダ」 「ちょっと待て、そこでどうしてティアが出て来るんだ? ティアは関係ないだろう?」 フォルスはあわてて口をはさんだ。 すると、スピリットたちはさらに声を上げて叫んだ。 「コイツガ首ニサゲテイルノハ、機ノ一族ノ紋章ダ」 「機ノ一族ハ、人ノ心ヲソウト気付カレナイヨウニ操ル」 「オ前ガソウ思ッテイルノハ、コイツガソウ誘導シタカラカモシレナイ」 「ソウダ。オ前ガコイツヲ守ロウトスルノモ、オ前ガ本ヲ躍起ニナッテ追オウトスルノダッテ――」 どん、という鈍い音がスピリットたちの言葉を止めた。 フォルスが顔を伏せ、その拳を樹の幹に叩きつけていた。 「――ティアが、そういう風に仕向けたのかもしないと言いたいのか?」 低い、押し殺した声だった。 伏せられて陰になったフォルスの顔からは、表情は見えない。しかしその口元が皮肉げに歪んでいることは見て取れた。 「ふざけるな――人はな、誰だって多かれ少なかれ他人の影響を受けてるんだよ! 他人の願いや意図、思惑を受けて行動するもんなんだ」 フォルスは思い出す。あの夕暮れの小屋を。茜色に染まった、祖父の孤独な笑みを。 あの光景に導かれるようにして、フォルスはこの道を進むとを決めた。しかし―― 「だがな、選んだのは俺なんだ。誰に何を仕向けられようと、それを選択したのは俺の意志なんだ! だから、俺の想いを――」 ――あの夜、迷いない笑みで自分に手を差し伸べたティアの想いも―― 「偽物なんて言わせない――絶対にな!」 顔を上げ、強い視線でスピリットたちをにらみつける。 スピリットたちは光を瞬かせて後退した。 「…………オ前ハ」 「――なるほど、フリグラに選ばれたわけだ」 グレンガランが楽しげに光を震わせた。 「さて、そろそろ本題に入ろうか」 グレンガランの言葉に、フォルスは思い出した。 彼は昔話をするためにここに来たわけではない。それはフォルスが求めたから話し出したことだ。ならば、いったい何のためにここに来たというのだろうか―― 「信じてもらえないかもしれないけど、僕はティアを助けに来たんだ」 「…………!?」 その言葉に、フォルスとスピリットたちの間に衝撃が走った。 「何故コイツノ名前ヲ知ッテイル!?」 「ヤハリコノ女ハオ前タチノ仲間カ!」 「違うよ。彼女は一族の者じゃない。ただ、僕の友達にとって大切な人というだけだよ」 グレンガランは、左右に揺れながら言い募る。 その発現も気になったが、フォルスはそれ以上に気にかかることがあった。 「それよりも……助けるってどういうことだ!?」 「そのままの意味だよ。……彼女がまだ起きないのは、変だと思わないのかい?」 「…………!」 言われて、フォルスはようやく気付いた。 確かにおかしい。ティアよりも幼いファラリスは、すでに目覚めているというのに。また、先ほどからフォルスは何度も叫んでいる。それに何らかの動きを見せてもいいはずだ。 そのうえ、ティアほどの魔術の使い手が、先ほどのグレンガランの魔力に何も反応しないはずがない。それなのに、ティアは身じろぎ一つしていなかった。 (どうして早く気付かなかったんだ……!) フォルスが唇をかみ締めていると、グレンガランが静かに語りかけてきた。 「僕は、ティアを助ける方法を知っている」 フォルスは思わず期待の眼差しでグレンガランを振り返った。 そして次の瞬間――衝撃に目を見開くことになる。 「だから――ティアを、こちらに引き渡してくれないかな?」 |