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2003年度第二期リレー小説 「(タイトルは5回目の人だってさ。5話までにどこまで進むかな?)」 第3回 村崎 永 ティアは宿のある通りをぶらぶらと歩いていた。短めの外套を纏った姿は一見身軽に見 えるが、宿に残してきたものは少ない。旅の間は、必要なものは常に身に着けることを習 慣づけていた。それに、もともと彼女の荷物は多くないのだ。あの書庫で鍛え上げられた 彼女の記憶力は、既に読んだ本や辞書を持ち歩くことを必要としなかった。唯一持ち出し たあの古い本は、厳重に包んだ上で厚手の外套の裏地に縫いこんである。それも読み返す ためではなく、文字以外の何かが鍵になる可能性から持ってきたものだった。 特に当てもなく村の中を歩くが、予想通りというか、やはり特に変わったようすは見ら れなかった。ここに来るまでにいくつかの都市や集落を通り過ぎたが、それらと比べても 全く特徴のない村だ。いや、しいて言えば特徴がないのが特徴かもしれないし、よく見る と少し寂れた気配もある。村の中心を通る道を歩いていても、すれ違う人はそう多くはな かった。ティアはさっきの宿の女将との会話を思い返していた。 少し出てくると告げると、女将は、何もない村だよ、と笑った。 「最近は、この村に来る人も少なくなってね。今年はあんたが初めてさ。夏が来たら、い つももう少しは人が来るんだけどね。今はほら、あれだろ、すっかり忘れられちまった じゃないか。昔騒がれた…ノエリット・ヴァーンってやつさ。お客さんは若いから、知ら ないかもしれないけど」 話が長くなるかな、と思いつつティアは頷いた。 「知ってるわ。16年前に話題になった『森の人』でしょう? この先の森で見られたっ てのが記事になって、 妖精の生き残りじゃないかって、随分大騒ぎになったわね」 女将は顔を輝かせた。 「そうさ! よく知ってるね。あの時は連日大勢がこの村に来てさ、この宿も予約がいっ ぱいだったんだよ。 それが今じゃ…、ま、そりゃいいんだけどね。とにかく、2年はその騒ぎがもったんだけ ど、そのうちありゃデマだってことになっちまって…」 「モエルティマ博士が調査に来たけど、何も見つけられなかった。彼はここでの調査で得 られたデータを並べ、徹底的にノエリット・ヴァーンの実在を否定した。最後は、最初の 目撃者が自分ででっちあげを認め、他の目撃者もなしくずしに主張を撤回して、結局ただ の噂が大騒ぎになっただけ、学界の大醜態ってことになったのよね…」 女将は目を丸くする。 「お客さん、詳しいみたいだけど、なに? あんたは今でも信じてるくちかい?」 ティアは苦笑した。 「いや、そういうわけでもないんだけど。万一会ったら教えるわ」 「そうしておくれ。ま、あたしもいるとは思ってないんだけどね。だって何百年も前に滅 ぼしちゃったんだろ?今更出てきてもね…」 女将は振り返って壁の時計を見る。 「ありゃ、おしゃべりがすぎたかね。お客さん、許しとくれ。そのかわり、夕食は腕を振 るうからさ」 愛想良く笑う女将に、こちらも笑顔を返す。 「期待してるわ。おしゃべりも楽しかったしね。じゃ、ちょっと出てきます」 「いってらっしゃいな」 女将に軽く手を振り、ティアは宿を後にした。 妖精と呼ばれる種族が滅ぼされたのは、実際にはおよそ1730年前のことだとされ る。彼らは高度な文化を持ち、人間以上とも言われる知性でとりわけ魔術の分野に大きな 遺産を残した。互いにささやかな交渉しか持たなかった人間と妖精が初めて群れ対群れで 戦ったのは約1780年前、住む土地を争ってのものだったと歴史は伝える。それからわ ずか50年の間に、妖精は種としての未来を絶たれるほどに数を減らし、人の前から姿を 消した。その後も、妖精の生き残りが現れたという話は何度も出たらしく、その一部はお 伽話やわらべ歌のような伝承文学にも残っているが、いずれも決定的な証拠を持つもので はなかったようだ。今ではそれらは概ね、滅びた種族にロマンをかきたてられた詩人たち の創作とみなされている。妖精文学と称されるこのジャンルに、新たな一編を加えんとす る創作者は今でも後を絶たない。しかし何といっても、彼らが重視されるのは魔術士たち の間でだろう。古代妖精語の研究者は数こそ減っているものの、その権威ともなれば学界 においてその席のおろそかなることがあろうはずもない。さっきの話に出たモエルティマ 博士は、そんな高名な妖精学研究者たちの中でもとりわけ名の聞こえた人物だった。 (とはいえ、私にはあんまり関係なさそうね…。16年前の馬鹿騒ぎが、まさか本物の妖 精だったとも思えないし。あの本だって、妖精時代のものでは絶対ないしね) ただ、あの森にかかわる事件には違いない。だからこそ、こんなつまらない話さえ調べ てあるのだ。かつて『過去の森』と呼ばれた森は、16年前には『ノエリットの森』と呼 ばれるようになり、その騒ぎが鎮火してこの呼称に皮肉が混じるようになると、徐々にた だの『森』、あるいは『遠森』と呼びかえられるようになった。後者の呼称は、この村の すぐ傍にある、森とも言えないような木立の群れを『近森』と呼んだことから来たものら しい。 (さて、いよいよ明日ですか…) 歩きながら大きく息を吸う。そこに何が待っているのか。期待はいよいよ高まるばかり だ。 (『未来の扉』…私が開いてやろうじゃないの!) その時、彼女の背後から声が聞こえた。 |