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2003年度第二期リレー小説 「蘇る大森林 〜ノエリットの奇蹟〜」 第27回 (なんかもう、毎回やりたい放題で、ほんとすみません……) 空色水母 彼女の変化には、気付いていた。 自分の中に彼女に対する特別な感情があることも知っていた 。 だけど、ただそれだけのことだった。 ……それなのに、そうだったはずなのに、気が付いたら手を 伸ばしていた。 祖父と初めて会ったのは、七歳のときだった。 家が所有する森の中で、何もせずにぼうっと空を見上げてい ると、祖父はどこからともなく現れ、大声で話しかけてきた。 祖父は森の中に独りで住んでいた。 祖父の住む小屋に入り浸りになるまで、そう時間はかからな かった。 祖父からは、いろいろなことを教わった。 毎日へとへとになるまで動き回った。とても、楽しかった。 祖父はいつも、笑っていた。 小屋の中で眠ってしまって、目が覚めたら夕方になっていた ことがあった。 祖父は、窓の外の茜色に染まる空を一心に見つめていた。 ……祖父の真剣な横顔に、その瞳に、声をかけることが出来 なかった。 見てはいけないものを見てしまったようで、ひどく狼狽した 。 何も出来ずにただただ視線をさまよわせていると、祖父はこ ちらに気付き、微笑んだ。 いつもと変わらないはずのその笑みに、しかし自分は確かに 、祖父の孤独を見た気がしたのだ。 祖父の手元には、見慣れぬ墨色の本があった。 フォルスは闇の中にいた。 何も見えない。……自分の体さえ見えなかった。圧倒的な闇 の中に、フォルスの意識はゆらゆらと漂っていた。 (ここは、どこだ……) 見渡す限りの闇。自分の鼓動だけが聞こえる。 『……仕方ないから、認めてあげるわ』 フォルスの目の前に、唐突に人影が現れた。墨色のローブを 纏った女だった。女は口元を歪めていた。 『しかし、もうちょっとマシなのはいなかったのかしらね』 突如現れた女の言葉にフォルスはむっとした。 (……あんた、誰だよ) しかし、そう尋ねながらもフォルスの頭の中ではその答えが 生まれつつあった。 『さぁ、誰かしら』 ……すなわち、七賢人の一人、魔女フリグラ。 女は、口の端を吊り上げ意地悪く笑った。フォルスは、女の その様子をまじまじと眺める。 (……俺が言うのもなんだが、あんた、性格悪いだろう?) 『余計なお世話よ。……それよりあなた、どうしようと思った の? あの娘と心中するつもりだったわけ?』 女はフォルスの言葉を気にする様子もなく、いやらしく笑い ながら聞いてくる。 (別に。……ただの反射だよ) 首をすくめて答えるフォルスに、女は大げさに驚いて見せた 。 『へぇ〜……。……あなた、馬鹿でしょう?』 (……何でだよ) 訝るフォルスに、女は皮肉な笑みを浮かべた。 『……まぁ、いいわ。とにかく、認めます。……とても他人と は思えないしね』 女の終わりの言葉の意味を図りかね、フォルスが顔を上げる と、辺りは眩い光に包まれ始めた。 白く塗りつぶされてゆく視界の中で、女の口が動くのが見え た。 『あなたと……あの彼女に、暖かき追い風が吹かんことを』 (ああ……ここは、あの本の中か………) 拡散する意識の中、フォルスはそれだけ思った。 ……女が最後に泣き出しそうな微笑を浮かべた気がした。 フォルスは、ティアに覆いかぶさった。 衝撃を覚悟したが、その瞬間はなかなかやって来なかった。 フォルスは背後で魔力が急激に拡散していくのを感じた。恐る 恐る振り返ると、スピリットたちはフォルスとティアを遠巻き にして漂っていた。 《ソコヲドケ!》 《選バレタオ前ニハ攻撃デキナイ! ソコヲドケ!》 「断る」 フォルスが言い放つと、スピリットたちはびくっと震え、何 事か騒ぎ立てながらたちまち姿を消した。 フォルスは息を吐き出した。 ティアは気を失っていた。フォルスはティアを静かに地面に 横たえ、自らも地面に腰を下ろす。近くではファラリスも気絶 したままだった。 空を見上げる。日は傾きかけていた。 ……あのあと、あの夕焼け色に染まったあの小屋の中で、祖 父は初めてフォルスに墨色の本の話をした。祖父はあの時、沈 みかけた人生のあの瞬間に、自分が本の持ち主にはなれないだ ろうことを分かっていたのだろうか。……子供のようにきらき ら輝いていた瞳は、文字通り人生の大半を注ぎ込んできた本が 決して自分を選ばないだろうことを知っていたのだろうか? フォルスは、今までとは比べ物にならないほどの胸の高鳴り を感じていた。本が自分を呼ぶのを感じていた。本の魂と呼ぶ べき様なものが自分の中に沈んでいるのを、これ以上ないくら いはっきりと感じていた。 あの本は、フォルスを選んだ。 (……じいさんは、もしかしたら本が俺を選ぶことを知ってい たのかもしれないな) フォルスは思った。 そうだったら、良いと思う。……本当に勝手な願いだが、そ うだったら良いと思うのだ。祖父がいなければ、今のフォルス はなかった。祖父がいなければ、本とフォルスが出会うことも なかった。……祖父がいなければ、フォルスが本に選ばれるこ ともなかったのだ。 ……祖父のその孤独な人生にとって、自分という存在が少し でも未来を照らす光となっていたのなら。自分の存在が少しで も祖父の誇りに繋がっていたのなら……。傲慢なのは分かって いる。自分勝手なことも。……でも、そう願わずにいられない のだ。 祖父に対する感謝と、……責任と。 フォルスは立ち上がり、空に向かって誓いの言葉を呟いた。 彼女の顔をそっと見る。 ……ある意味、彼女のおかげと言えないこともない。 自分の行動の、理由。……その奥にある、感情。つかまれた マントに感じた、温かさ。 自分の中に確かに存在するそれらに、しかし、今はまだ名前 をつける気はなかった。 今はただ考える。 彼女が気付いたら何を話そうか。 自分の言葉に彼女は怒るだろうか、悔しがるだろうか。それ とも真っ赤になって俯くだろうか……。 彼女の事情を聞くのもいい。 「……君に暖かき追い風が吹かんことを」 口の中で小さく呟く。 ……限りない、親愛をこめて。 |