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2003年度第二期リレー小説 「よみがえる大森林 〜ノエリットの奇蹟〜」 第21回 (モチベーション向上キャンペーン実施中!…ただし自分専用) 村崎 永 その朝の空は、それぞれの決意を励ますように青く澄みわたっていた。 ティアは身支度を整えると、すぐに下の酒場に向かった。腰には剣が下がっている。 久々に感じるその重みが、ティアには無性に嬉しかった。このささやかな変化に気づく人 はいるだろうか? 昔馴染んでいた格好なのに、なぜか気恥ずかしさも感じる。 (…とにかく、必ず気がつくはずの一人の軽口には備えておかなきゃね) そう考えたティアの顔には、知らずに笑みが浮かんでいた。 酒場には、まもなくほとんどの関係者が集まった。あの少年だけは、どこに行ったのか 場に見当たらない。眠らなかった人々の顔には相応の疲れが表れていたが、それでも迷い の色を見せている者はいなかった。 口火を切ったのは、ウィルドだった。目の下にはうっすらと隈が浮いているが、その声 は変わらず力強い。 「占いは成功した。その結果を告げようと思う。…が、その前に、各人の決意をあらため ておきたい」 ウィルドは視線を皆に巡らせる。それにこたえて剣士が半歩前に出た。 「俺は追うよ。ご先祖様の本持ってかれたまんま、帰るわけにはいかない。それに、俺の 故郷じゃ、負けの恥を雪ぐために命をかけることは親不孝にはならないからな」 不敵とも呼べる表情で、剣士はそう告げた。彼もまた自分の技に誇りを置いていたの だ、とティアは改めて気づいた。 「私も行きましょう。長い間待ってきた時が今だと、信じたい」 ジークは普段どおりの穏やかな口調だ。 「当然追うさ。命以上のもん、とっくに賭けてんだからな」 そう言ったフォルスと、一瞬眼が合った。ティアも、ウィルドの方に向き直る。 「私も行く」 それ以上の言葉はいらなかった。世界の危機にせよ、邪神との戦いにせよ、今ある事態 に自分を導いたものがあの本との出会いである以上、この先に参加しないという選択はな い。…あの本を、必ず取り戻す。 自分が最後だと気づいた様子で、フリエ=モエルティマが俯けていた顔を上げた。その 顔の色は冴えない。彼女も眠らなかったのだろうか。 「私は…今朝まで迷いました。ここでは思いがけないことばかりでしたし、自分の研究室 に帰りたいとも…でも、私も行こうと思います。私は妹に会うという目的をまだ果たして いません。昨日の一件、妹にも関係があるかもしれません。それを見定めるまで、ご一緒 させて下さい。――あの子のこともあります」 そこで、彼女は一度言葉を切った。大人たちの輪から外れて、腕に抱いたノエルに夢中 な様子の小さなフリエに目をやる。そして再び視線を戻した。 「ウィルド殿、あなたは妹の夫であるとおっしゃいました。ではお尋ねいたしますが、あ の少年…あなたの息子さんは、ウリスの産んだ子ですか?」 ウィルドは重々しく頷く。 「然り。我が妻はウリスの他にはおらぬ」 「私の連れのあの子…フリエも、ウリスの子供なのです」 ウィルドはしばらく沈黙していた。 「…私の子か」 そのつぶやきは、肯定とも疑問ともつかない。 「私は何も知りませんでした。ですから、ウリスに会わなければと思ったのです。あなた にお会いしてウリスとのことを伺った上は、あの子はあなたにお預けするべきなのかも知 れません。けれど、私は…不思議に、あの子に責任のようなものを感じているのです」 フリエは言葉を終えると、ため息をひとつついた。そして、少女に声をかける。少女は ノエルを抱きかかえたまま、こちらに駆けてきた。 「おばさま! どうしたの? お話終わったの?」 「ウィルド様! ノエルはおそばに帰りたいです!」 同時に聞こえた声の片方を、フリエがあえて無視したように、ティアには見えた。 「この方に、ご挨拶なさい」 そう言って、少女をウィルドの方へと向かせる。 「おはようございます、の挨拶はさっきしましたよね。おじさま?」 「フリエ…といったな。私がお前の父なのだ」 少女は目をまるくして伯母を見上げる。 「そうなのですよ、フリエ」 「父さん? ほんとに? だって、母さんは死んだって…!」 ウィルドは一瞬複雑な思いを滲ませるが、すぐに鷹揚に頷く。 「うむ。だが私は生きているし、確かにお前の父だ」 混乱している様子の少女は、しばらくウィルドを見上げたり目を落としたりを繰り返し ていた。その姿を、フリエ=モエルティマが、不安といくらかの同情をこめて見つめてい る。 やがて少女は、顔を上げてウィルドに尋ねた。 「母さんを、一緒に探してくれる?」 ウィルドは、大きく頷いて言った。 「無論だ」 この唐突に始まった再会劇を、他の人々はやや遠巻きに眺めていた。納得している様子 の者もいれば、状況把握に手間取っている者もいるようだ。話に一段落着いたらしいのを 見定めると、どこか複雑な表情をしたジークがウィルドに声をかけた。ティアは少しほっ とする。正直、このままいつまで待つのだろうと心配していたのだ。 「申し訳ないのですが…皆さんの意志を確かめたところで、続きをお聞きしたい。占いの 結果は、なんと出ましたか?」 ウィルドは我に返ったように顔を上げた。 「うむ。では…語るとしよう。お前たちはあちらに戻っていなさい」 ウィルドが言うと、少女は素直に動いた。兎の方はいくらか不満げだ。その後姿を見送 ると、ウィルドはわずかに表情を改めた。 「このたびの占術の儀は、まさに至難の業であった。敵もさるもの。さすがに偉大なるグ ディアルメフ神と対を成す存在の僕たちといえよう。我らが最初に試みたのは水鏡の術で あったが、彼奴等の所在を問う呪文を口に上せた途端、水盤から水が躍り出た。また次に 試みた夢問の法では、夢役が眠りに入ることが出来ず、占符を用いれば自ら燃え始める始 末。強力な占術封じが成されているに相違あるまい。またその次に試したのは求見術と呼 ばれる方法であったが…」 一日かかった背景にはこんな奮闘があったのかと、ティアは本気で感心していた。しか し、このまま途中経過を聞かされるのはいただけない。 「結論を聞かせてよ。私たちも、十分待ってるんだから」 ウィルドはちらりとこちらを見る。 「気短なことだが、それもまたもっともだ。では、結論に行こう。最後に試みたのは色占 の法であった。これは、百色の点を持つ占盤と数組の占環を用いて占うもので、やり方は 単純だが結果の解釈が難しい」 「…古代の占術です。よもや、再現が出来たとは…」 フリエ=モエルティマが賛嘆の呟きをもらす。ウィルドは頷いて先を続けた。 「それによって、ようやく答えが得られた。やや曖昧だが、動くに足るものだ。これもグ ディアルメフ神のお力の賜物よ。曰く、『森の心、三道和するところに七の書あり』。つ まり、森の中心部、三つの道の交わるところに彼奴等がいるということだ」 ようやく出た結果に、場の人々は不審げな眼差しを交わした。口々に疑問をつぶやく。 「三つの道…ってどの道だ?」 「森が過去の森だとしたら…」 「森の中心部って、あんたらのいるところじゃないのか?」 一同を見渡すと、ウィルドは声を上げた。 「まあ待て。この森は、過去の森であると見てまず間違いない。占環が樹木を示す緑点と 共に、多数を示す黒点を囲んでいた。またその占環の傾きは、その距離が近いことを示し ていた。ここから近い大きな森といえば、あの過去の森の他にあるまい。その中心とは確 かに我らが日々祈りを捧げる神殿のある場所。しかし、その枝分かれした洞窟は極めて広 大であり、我らの知らぬものが巣くう可能性も否定は出来ぬ。そしてこの三道のうち、二 道については心当たりもあるのだ」 皆は先を待って沈黙を守っている。その様子に満足したように、ウィルドは続けた。 「ひとつは、我らがここへの移動に用いたもので、もっとも近い道だ。古代の魔術師、あ るいは妖精が魔術を用いて作った《通路》を通るもので、これを使えば常人でも五日はか かるまい。次に、これは途中までしか踏破されていないのだが…今は亡き師、モエルティ マ教授の確認した道がある。これは、中ほどからの道のりが複雑を極めるため、師もその 先を進むことが出来なかった。…だが、残りの一道については、私は確認していない」 「俺は知ってる」 唐突に声を出したものがあり、一同は一斉にそちらを見た。ウィルドの息子だ。いつの 間にか入ってきていたらしい。少年は自分の台詞に戸惑っているかのように、不安げな顔 でこぶしを握っている。少年は何故か、つかの間あの少女の方に視線をさまよわせ、また こちらを見てから言葉を継いだ。 「俺が、友達から教わった道が、もうひとつあるんだ。…この村に来るのに、いつも使っ てた」 その言葉に、ウィルドはわずかに眉を上げる。しかし、この場では何も言わないことに したらしい。 「では、三道もそろったな。これでこの占いに疑いを持つ者もおるまい。…ついては、目 的地を目指して出発するわけだが…私はこの「三道」に、何か特別な意味があると考えて いる。というのは、この占術においては常に必要最小限の言葉しか引き出せないものだか らだ。ただ森の中心を示すのでは足らず三つの道が示されたのであれば、必ずそこにも何 かがある。すなわち、我々には三隊に別れて進む必要があるということだ」 それまで黙って聞いていた一同も、これにはそれぞれに驚きを見せた。もっとも、グ ディアルメフのメンバーだけは平然としている。この展開は、ティアにとっても予想外 だった。とはいえ、この一団が全員で動くことになっていても、やはり何かしら驚いたに 違いない。何しろ人数が人数であるし、メンバーがメンバーだ。ともあれ、これから一体 どうなるのだろう? 皆が互いの顔を見交わしていると、新たな闖入者が現れた。 「グループ分けなら、あたしに任せておきな!」 どこから現れたのか、宿の女将が自信に満ちた表情で言った。眼が合うと、女将はいか にも分かってるよと言わんばかりの表情で、ティアに目配せを送った。 とても、嫌な予感がしていた。 |