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2003年度第二期リレー小説 「蘇る大森林 〜ノエリットの奇跡〜」第16話 (……て、敵襲か!!?)18%gray 読み比べを続けるうち、いくつかの事実が判明した。 三書とも、過去の森に未来の扉がある、という序章の記述では一致しているという こと。他の部分においては、ばらばらの記述が目立つこと。どうしても解読できない 部分があること。そして、徹底的にこの本を洗うにはこの一晩ではとても無理、とい うことだ。 これらのことから、この本の中身は複層の暗号によって守られているのではない か、とフォルスは推測した。すでに解読している内容は暗号の第一段階でしかなく、 さらなる記述がその奥に隠されているのだろう、と。 どういうこと、と不可解そうな表情で訊ねるティアに、フォルスは答える。もちろ ん「少し考えりゃわかることだが」と前置きしてティアを不愉快にさせることも忘れ ていない。 「ウィルドのおっさんが教えてくれたことで有益なことは二つ。一つは本には七つ 揃ってからの意味がある、ということ。そしてもう一つは、それでもこの本は一冊一 冊が独立した存在だってことだ。おっさんによれば、俺のは『フリグラの魔道書』、 お前のは『レルスタールの法典』。でも、てんでらしくない(・・・・・)だろ? そ れらしい中身に、俺たちは全然触れてない。ってことは、やっぱりこの本にはまだま だ奥があるんだよ」 推測でしかないけど、と付け加えて、フォルスは続ける。 「つまり、こいつら七賢人の書は、多層の構造を持つやっかいな本だってことだ。過 去の森に来いって挑発的な中身も、過去の森の名前の由来も、これらの本のただの一 つの側面にすぎない。そして、その最深部に隠されてるのが『七賢人の書を全て集め る』という条件で現れる何か……」 なるほど、とティアは頷く。 「『レルスタールの法典』も『フリグラの魔道書』も、本の一つの顔ってわけね。 もっとも、それが何を意味してるかは今は全然わからない、か……」 「さて、次の段階に進むにはどうしたらいいと思う?」 「うーん……やっぱり、あのさっぱり読めない部分に鍵があると考えるのが妥当じゃ ないかしら? あとは、単に法則性から暗号を解くんじゃなくて、『栞』みたいに全 く外的な条件が必要だとか」 「……魔術的な仕掛けがある、か。十分ありうるが、それこそやっかいだな」 「……どう転んでも、簡単にはいきそうもないわね」 さて困った、と二人が頭を抱えたところで、ふと脇から気だるい声が上がった。 「小難しい話はもう明日にしねぇか? 眠くてたまらんよ……」 振り向いてみれば、こっち方面の話に全くついてこれない剣士が、げんなりとテー ブルに突っ伏していた。 ここで二人は、この場にもう一人いることをようやく思い出したのだった。 …… フォルスはベッドに横になり、天井を見上げていた。真夜中も真夜中。灯りのない部 屋に、青白い月光が差し込んでいる。 眠る前に思索にふける、というのはフォルスの癖だった。あとは寝るだけ、という弛 緩した時間は、思考の海を漂うのに都合がいい。様々な記憶の断片が何の脈絡もなし に現れては消えていく中、フォルスの意識は、ゆるやかに一つのことに収束した。 浮かぶイメージは、負けん気の強い魔術士。 彼女とのこの騒がしい二日間を回想して、フォルスは一つの認識がすぐそこにある ことに気付いた。まぁわかってはいたことだ。観念したように、フォルスは軽く息を つく。 そう、ティアとフォルスは似ている、のだ。 たぶんティアも気付いている。口にこそ出さないけれど、この理解はもう、二人の心 にしっとりと落ち着いていたのだろう。たった二日の時間がこんなにも雄弁に語って しまうのか、とフォルスは苦笑した。 互いの、まだそう長くもない人生にとって、あの本は本当に重要なウェイトを占めて いるのだろう。自覚はしている。そう、あんな得体の知れない本にありったけの気力 を傾ける自分の生き方がどこかいびつだとわかっているから、同じように本に傾倒す るティアにつっかかってやりたくなるのだ。 ティアは、自分は騎士の家の生まれだと言った。その彼女が剣を持たずに魔術士なん てことをしている。その事情は推して量ることしかできないが…… すっ、とフォルスの頭を過ぎるものがあった。 なるほど、そういうことか。お互い自分の分身を見ているような奇妙な感覚は、つま りはここが源泉なのだ。フォルスは、自分の予想がたぶん当たっているという確信に 再度苦笑した。 ふぅ、と長く息をつき、フォルスは、虚空に向かって独白する。 似ているわけだ。 ティアが剣士としての落ちこぼれなら、自分は魔術士としての落ちこぼれなのだか ら。 フォルスの家は、古い魔術士の家系である。魔術でも魔法でも魔道でも何でもいい が、要はそういう筋の家だ。 物心つくまえから魔術の真似事を教えられて、で、物心がついたときには「自分には 才能がない」ということが強固な認識としてフォルスの真ん中にこびりついていた。 自分の家、カーラー家代々の魔術の主たるところは「直接物に働きかける」もので ある。つまり、手に触れず物を動かしたり、巨大な風を起こしたりといった部類の魔 術だ。カーラー家で最も有名な五代前のティースター=カーラーともなれば、杖の一 振りで町が滅んだとさえ言われる。まったく、ド派手もいいところである。 フォルスは、そういった魔術をほとんど扱えなかった。今でもできてせいぜい、 コップを倒すぐらいの手品程度だ。 四人兄弟の末っ子。極めて優秀な兄たちに混じり、まったくもって上達しないフォ ルスに父親は「できそこない」の烙印を押した。フォルスはそれに精一杯の反発をし た。カーラー家の魔術がダメなら、と手当たりしだいに書物をあさった。しかし、徒 に知識を蓄えるだけで、どこにも「自分だけの一」を見出すことは出来なかった。 (まったく、じいさんがいてくれなかったら俺はどうにかなっていたかもしれない) 祖父、ゴッセン=カーラーは、フォルスの唯一といってもいい理解者だった。それ は、祖父もフォルスと同じようにカーラー家のつまはじきものだったからだろう。理 由もフォルスと同じ。魔術の才能がからきしなかったのだ。 「古い家には、たまーに、こういうヤツが生まれるんだ。わしとお前みたいな、血が 極端に薄いのが。でもな、 そうして、フォルスは祖父の一つの魔術を、引き継いだ。彼がたった一代でゼロか ら練り上げた、人生の結晶のような魔術を。それをフォルスは徹底的に鍛え上げた。 それこそ何かに憑かれた様に。フォルスが今、仮にも魔術士を自称できるのも、そん な日々があってこそだった。 そしてこの黒い本は、その祖父の形見なのだ。 祖父は、この本のことをフォルスだけに明かした。自分にだけ、その理由は今でも分 からないが、その事実は大いに自分を励ましてくれた。 祖父は語ったものだった。過去の森の未来の扉、その奥にあるものを。少年のように 目を輝かせて。 ある日、祖父はフォルスに告げる。「これをお前に預ける。時が来たら、これはお前 のものだ」と。 数年後、その時はやってきた。 死装束に身を包んだ祖父の安らかな寝顔に告げる。行ってくる、と。 フォルス、19歳の旅立ちだった。 (それが、こんなことになるとはな。ずいぶん遠くまで来ちまったもんだ) 本を託されて数年。もはやこの本の探求は、祖父の遺志を受け継ぐ、ということ以 上の意味を持ち合わせていた。 全てを解ききったとき、他の誰でもない自分が、初めて自分を認めてやれる。いろい ろと屈折し、ねじくれたこれまでの日々、そんなものを踏み越えて、心の底から胸を 張れる。 たぶん、ティアもそうなんだと思う。最初は違う理由で傍らにあった何かが、いつ のまにか越えなければいけないハードルとして目の前に屹立しているのだ。 なら、越えるだけだ。 フォルスは、どくん、と胸が高鳴るのを覚えた。 (せいぜいがんばろうぜ、ティア。越えた先に、何があるか見てぇだろ) それが、ティアのまっすぐな瞳に対しての、フォルスの答えだった。 (しかし、だ。ハードルは高そうだな……) 次々と現れる、本とその持ち主。交錯する人間関係。暗号。そして、七賢人―― ま、こんな混迷した事態も、明日になればそれなりに進展するのだろう。そう思っ て、フォルスは毛布をかぶりなおし、とりあえず寝ることに意識を傾けようとした。 手がかりはそれこそ整理しきれないくらいにたくさんあふれている。乱雑にちらばっ たそれを繋ぎ合わせる時間さえあれば、どうにか展望は開けてくるだろう。 そんなことを頭の片隅で考えながら、フォルスの意識は眠りへと落ちていった。 ……………… 後にフォルスは、このときのことを回想してこう思うに違いない。 長い時間の中、決して相見えることのなかった特異な書物が、今はもう六冊も揃って いる。この事実がどれほど重大な意味を持つのか、俺たちは気付かなかった。 どおん、と空気を揺るがす音がして、同時にすさまじい揺れがフォルスを襲った。 はっと目が覚めて、フォルスは気付く。 時間さえあれば。 その考えが、いかに甘かったかということに。 |