|
2003年度リレー小説 「蘇る大森林 〜ノエリットの奇蹟〜」 第10話 超蜜柑 森に息づく数多の生命の息遣いを全身に感じ、その素晴らしさ、壮大さを感じなが らも戦車は驚異的な速度で進撃を続けていた。ちょろちょろと動き回って忙しないと いう理由で後方の第9使徒、元王都聖騎士団部隊長ロースティンによって小脇に抱え られているファラリスは空中で器用に頬杖を突いていた。 (……馬鹿だけど、相変わらず人間離れしてるな、こいつら……) 息一つ乱さず、一切変わらぬ歩調ながらも木々を避けて通る「グディアルメフ」を 半ば呆れ、半ば感心しながら見ていたファラリスであったが、その前方に何かが過ぎ るのを見た。茂みからの急な飛び出しに「グディアルメフ」の速度は変わらない。 「あっ! 危な……!」 戦車にぶつかる……そう思った瞬間、まるでそれを全員が知っていたかのように 「グディアルメフ」は寸前で停止した。 「ふっ、安心するがいい、第18使徒ファラリスよ。かつて凄腕の狩人として名を馳 せた第15使徒ウェンスターが先程から警戒信号を発しておったわ。それにこの程度 の奇襲で後れを取る我が「グディアルメフ」ではないわ! ふはははははははは!」 教主ウィルドは暗黒教団らしく一頻り高唱した後、飛び出してきた黒い影を凝視し た。それは小さな兎で、小刻みに身体を震わせているが動き出す気配はなかった。 ウィルドが不機嫌そうに呻く。 「ぬぅ……我が聖なる進軍を阻むとは何たる無礼。例え小動物であろうとも五体満足 に帰すわけには行かぬな……」 ウィルドが懐から『マハールクの予言書』を取り出した。その教主の様子にファラ リスが切羽詰まったように叫んだ。 「おい! そんな小さな兎相手に本気出すのかよ!」 「たわけぃ! 獅子は兎を倒すにも全力を尽くすと言うだろうが! 獅子より弱い 我々が全力を尽くさんで誰が全力を尽くすというのだ! うおおおお おぉぉぉぉぉぉ、我が偉大なる神グディアルメフよ! 我に闇の、闇の力を貸し与え たまえ!」 教主の雄叫びに呼応して、16人の暗黒の使徒達が一声に思い思いの楽器を打ち鳴 らし、暗黒の調べを合唱し始めた。そんな異様な雰囲気にあって尚、兎は微動だにし ない。その内に、異変に気が付いた使徒の一人、第13使徒チェンリキが輪を乱して 叫ぶ。 「教主様、お待ち下され!」 「どうした、元来腕の良い医者であったものの、たった一度の医療ミスで良心の呵責 に耐えきれず失踪、その後入信した第13使徒チェンリキよ! 貴様、グディアルメ フ神への祈りを妨げて無事でいられると思ったか!」 教主の雷撃のような一喝にチェンリキは足が竦んだらしくがくがく震えていたが、 それでもか細い声で返事をした。 「こ、こ、この兎は……傷ついております! それも、瀕死の重傷です!」 し……ん。その場にいた――勿論ファラリスは除くが――全員に無限の静寂が訪れ た。全員がそのままの格好で固まっている中、ファラリスだけがじたばたと藻掻いて いた。そして数分後―― 「ふっ、この教主ウィルドとしたことが、もう少しで瀕死の兎に虐待を加えるなどと いう無粋な真似をするところであった。さすがは数多の命を救ってきた第13使徒 チェンリキよ、礼を言うぞ」 ウィルドは何かを悟ったように目を伏せ、『マハールクの預言書』を仕舞い込む と、深々とチェンリキに頭を下げた。その様子に最初からスタンディングオベーショ ン状態の使徒達から、誰からとも知らず拍手が沸き上がる。 「ウィルド! ウィルド! ウィルド! ウィルド! ウィルド……」 沸き起こった歓声を打ち消すようにウィルドは左手を振り、瀕死の重傷を負った兎 に向き直った。その瞳には、大いなる憂いが潜んでいた。 「哀れよ……自然の生態系の中ではいかなる生物とてかように無力」 鈴を担当する使徒三人が物悲しげに鈴を鳴らし、残りの使徒達が鎮魂歌を静かに斉 唱し始める。 「おい! 助けたりしないのかよ、親父!」 ファラリスのもっともな抗議にウィルドはそっと目尻を拭った。 「酷なことを言うようだが、我々人間とて自然の摂理には逆らえぬのだ。この兎はこ こで果てるが運命。我々に出来ることはこの哀れな兎の魂の冥福を祈ることのみ よ……だが!」 そこでウィルドはばばっとマントを翻し、『マハールクの預言書』 を天にかざした。 「我々は森羅万象を敵に回し、あらゆる混沌を肯定する暗黒教団グディアルメフ! 今、我が魔術の全てを費やして大自然の決定を覆して見せようぞ!」 言うが早いかウィルドは片手で素早く印を切り、呪文を詠唱し始める。すると鎮魂 歌を歌っていた使徒達が全く同時のタイミングで一斉に暗黒の調べに切り替える。そ して一頻りの儀式の末、兎に向かって魔術を放つ。 「うおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! 蘇るがいい、儚き生命の灯火よぉ!」 目映い光と共に兎の傷が少しずつ治っていく。そして数刻の後、兎の傷は完全に塞 がった。ウィルド以下使徒達全員が歓声を上げ、抱き合って兎の回復を喜びあった。 ファラリスが少しだけ見直したように父を見やった。 「親父……」 「勘違いをするな、愚息ファラリスよ。この兎の命も、我々の命運も、全てはグディ アルメフ神が御降臨なされ、世界浄化が行われるまでの事。だが、その束の間の生を 見守るのもまた一興と思っただけのこと。さぁ、皆の者! ぐずぐずしている暇はな いぞ、闇の巫女を早々に見つけ出し、我らが使命を全うするのだ!」 ウィルドの号令に今まで命の尊さを実感していた暗黒の使徒達が一斉に陣形を戻 し、暗黒の調べを詠唱しながら歩みを始める。因みにファラリスは未だに抱え上げら れたままだ。すると―― 「お待ち下さい!」 突然の甲高い声にグディアルメフの面々の動きが止まる。再び進軍を阻まれてウィ ルドが苛立たしげに怒鳴った。 「今度は何だ! 猿か? 狐か? まとめて治してやるから一度に来い!」 「違います! ここです! 足下です!」 言われてウィルドが足下を見ると、そこには先程命を助けた兎しかいない。尚も きょろきょろと辺りを見回すが、やはり周囲には誰もいない。まさかと思い、ウィル ドは傍らのグルグスに尋ねた。 「おい、祭祀長グルグス、今……この兎、喋らんかったか?」 「はい……しかし、兎とは元来喋る生き物だったでしょうか?」 「ふむ……」 ウィルドが後方に目を向け、元動物学者の第10使徒ロイストルを見やると、彼は ぶんぶんと首を振った。ウィルドが長考に入って悩んでいると再び声が聞こえた。 「私です、貴方に命を助けて頂いた兎です」 あまりにはっきりと言われ、グルグスがおずおずとウィルドに耳打ちした。 「教主ウィルド……失礼ながら術を間違えたのでは……?」 「うむ、祭祀長グルグスよ。私も今そう考えていたところだ。何の因果か知らんが、 やはり大自然の法則に逆らうのはまずかったようだな。……まぁ良い、我らは暗黒教 団だ。大抵のことは許される。……まぁ、それはともかくそこな兎よ、我々に何か用 か? 礼などいらぬから己の帰るべき場所へ帰るが良い」 ウィルドが森の奥を指さすが、兎はふるふると首を振り、 「いいえ、貴方は命の恩人です。私もどうか貴方の旅のお供に加えて下さい」 兎の申し出にウィルドは暫くの間硬直し、その後に少し目を潤ませながら答えた。 「兎でありながら恩人に報いたいとは何たる美談! このウィルド……久方ぶりに温 かい心に触れたわ……良かろう、兎よ! お前を今日から暗黒教団グディアルメフの 第19使徒に迎えようではないか! 皆の者、新たな家族の誕生だ。暖かく迎えてや れぃ!」 拍手と歓声が巻き起こり、屈強な男五人がウィルドを胴上げする。そんな異様な雰 囲気の中、ファラリスだけが冷めた視線を飛ばしていた。 「兎って……人間じゃねぇだろ、親父……」 し……ん。その一言に教団全体の動きが完全に止まる。ウィルドは高く放り上げら れた状態で魔術を駆使して空中で硬直していた。程なくして地上に降り立ったウィル ドの形相は悪鬼そのものであった。 「き、き、き、貴様ぁ! 人間じゃ……人間じゃないだとぉ! この大自然に、人間 も動物も植物もあるかぁ! 万物皆兄弟! そんな差別意識で世界浄化が出来るかぁ ! 全く、少し人間だからと何たる増上慢。そんなことでは世に誇れる人間になれぬ ぞ! ……まぁ、それはさておきだ……兎よ。お前の名は何という?」 気を取り直す為のウィルドの問いかけに兎は戸惑ったように首を小刻みに動かし た。 「な……名前は、えっと……その……」 「ふむ、名前がなくてはこの先不便であろう。どれ……そうだな、ここは『ノエリッ トの森』だからな。それにちなんでノエルというのはどうだ? 端的だが良い名だろ う」 「ノエル……」 押し黙る兎にウィルドが呻く。 「不服か?」 「いいえ! 凄く気に入りました! ありがとうございます、えっと……」 「ウィルドだ。我が名は暗黒教団「グディアルメフ」教主、ウィルドだ」 「はい! ウィルド様!」 ノエルと名付けられた兎は嬉しそうに返事をするとウィルドに擦り寄った。 「よぉし! 新たな使徒ノエルも加わったことだし、張り切って闇の巫女を捜すぞ !」 うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ こうして、新たな仲間を加えた「グディアルメフ」の面々は意気揚々と森を進み始 めた。 「ぜ……全部で7冊ぅ?」 小屋に招かれ、ジークから「本」についての話を聞いていたティアはティーカップ を乱暴にテーブルに叩きつけ、素っ頓狂な声を出した。そのあまりの勢いにジークが 一歩身を引いた。 「まぁまぁ……落ち着きなさい。私が解読した暗号によればそうなっているのです。 そしてそれぞれの本は別々の持ち主を選ぶということです」 ジークはネオが煎れてくれたお茶を啜りながら先程までの説明を繰り返していた。 ティアの脇で腕を組んだまま目を伏せていたフォルスは、自身の持つ本をテーブルに 置き、ジークをまっすぐに見据えた。 「って事は何か? あんた以外の残り四人を捜し出さなきゃ、本の謎は完全には解け ないということか?」 フォルスの問いかけにジークは静かに頷いた。 「当然、そうなるでしょうね。だから私はこの、遠森の入り口に小屋を建て、いつか やってくる本の持ち主を待っていたのです。そして遂に君たちがやってきた。私は 今、大いなる運命を感じずにはいられません。そう、きっと――」 ジークが流暢に語ろうとしたその時だった。俄に森の入り口が騒がしくなり、外に 出ていたネオが小屋の中に飛び込んできた。 「何事ですか!」 「し、師匠! 森の入り口に変な集団が!」 その一報にまず飛び出したのがティアだった。彼女は自分の持つ朱の本をテーブル からひったくると小屋の扉を叩いた。それに遅れてフォルス、ジークが小屋を後にし た。 そこでティアはこの世の者とは思えない異様な集団と出会すこととなった。まず、 全員が黒いローブに身を包んでおり、それぞれが錫杖やら鈴、銅鑼などといった思い 思いの楽器、道具その他を携えている。その集団の中心には五人の半裸の男達が巨大 な御輿を担いでいる。その上には巨大な玉座が有り、兎を頭に乗せた珍妙な男とその 横で恥ずかしそうに身を縮めている少年の姿があった。 「探したぞぉ! 我が闇の巫女よぉ!」 中央の男は開口一番にそんなことを宣っている。言われたティア達は完全に動きが 止まる。ティアは訳が分からない様子で自分を指さすし、フォルスとジークは珍獣を 見るような具合でティアを見ている。 「闇の……巫女?」 「そうだ、巫女よ! お前は我が暗黒教団「グディアルメフ」の巫女に選ばれたのだ ! 嬉しかろう、感涙に噎び泣きながら我らと共に闇の神殿へと向かおうではないか !」 男の言葉に追従するかのように周りの黒い集団が錫杖などを打ち鳴らし、何やら怪 しげな歌を歌い始める。 「ねぇ……何言ってんの? あいつら……」 「……お前の友達じゃないのか? 何かお前知ってるみたいだし……」 「そんなわけないでしょ!」 フォルスの軽口から始まった口論の間も、「グディアルメフ」の男は尚も言葉を続 ける。 「長かった……我が「グディアルメフ」が誕生して以来16年間、ただただ我 が神の為に祈りを捧げる毎日……だがそれももう終わる! 我が神は数日の内に降臨 し、世界は浄化されるのだぁ!」 間に挟まれて上手く反応できないでいるのがジークだった。飛び出してきたもの の、ティアとフォルスは喧嘩しているし、「グディアルメフ」と名乗る連中はこちら に構わず話し続けているで、どちらの話を聞いたら良いものか判断できないでいた。 「あの、あなた方は一体?」 とりあえず素性の分からない「グディアルメフ」に尋ねるジーク。話の途中であっ たにも関わらず、男は話すのを止め、ジークをまっすぐに見据えた。 「我々か? 先程も名乗ったが我々は暗黒教団「グディアルメフ」! そして私こ そ、教主ウィルド! その娘は故あって我々に必要なのだ。おとなしく渡してもらお うか」 「グディアルメフ? あまり聞かない宗教ですね。後学の為にお聞きしますが、一体 どんな教義をお持ちで?」 相手から少しでも情報を引き出そうと、ジークは質問を重ねる。自分達の話がちゃ んと聞かれているのに気を良くしたウィルドは、胸を張って右手を高らかと掲げた。 「我々は! 暗黒神グディアルメフによる世界浄化を成就すべく、日夜闇の祭壇で祈 りを捧げているのだ! この世界万物は全てグディアルメフ神によって浄化される為 に存在する! 故に我々はその浄化の日まで存在し続けなくてはならんのだ! それ を守るのが我々、暗黒教団「グディアルメフ」の絶対使命なのだ! そしてその全て はこの、『マハールクの預言書』に書かれているのだ!」 ウィルドが右手を懐に仕舞い、ティア達と同じ、しかし装丁が紫色の本を取り出し た。『マハールクの預言書』の登場に、それまで口論していたティアとフォルスまで もがウィルドに向き直った。 「その本は!」 「ん? 何だお前達、この『マハールクの預言書』を知っているのか?」 「『マハールクの預言書』? それがこの本の名前なのか!」 フォルスは自分の墨色の本を取り出し、ウィルドに掲げて見せた。予期せぬ二冊目 の本の登場に呻くウィルド。 「むぅ……それは『フリグラの魔導書』か。まさか七賢人の書を持っていようと は……」 「七賢人の書? この本について何か知っているの? だったら教えなさい!」 ウィルドが本について詳しいと践んだティアはウィルドに噛み付くように吼えた。 ウィルドはティアに少しばかりの哀れみの視線を送った後、咳払いをした。 「まさかお前も七賢人の書を持っているのか、巫女よ?」 ティアは無言で頷き、己の朱色の本を取り出した。ジークもそれに倣い、自身の緑 色の本をウィルドに見せる。それを見たウィルドは一瞬目を剥いたが、すぐに口元に 手を当て含み笑いを始めた。 「何がおかしいの!」 「いや、まさか我が師ですら探し得ぬ七賢人の書の持ち主が、闇の巫女探しのついで に三人も現れようとは……運命の女神の悪戯に苦笑を禁じ得なかったというところ か……。しかし、書について何も知らぬところを見ると、お前達も大した使い手では ないな」 「なんだと!」 馬鹿にされたと、フォルスが術の構えを取る。ウィルドはそれを左手で制し、『マ ハールクの予言書』をティア達に向けた。 「まぁ待て……この書について知りたいのだろう? 教えてやるぞ。お前達も魔術士 の端くれならば古の魔術士、七賢人を知っていよう?」 「七賢人?」 魔術士の歴史に詳しくないジークがオウム返しに尋ねる。それを受けるのはティ ア。 「七賢人とはかつて1800年前にノエリット・ヴァーンから魔術や剣技を授けられ たとされる現在の全ての魔術士、剣士の祖にあたる人物達よ。聖王レルスタール、聖 者ウェスティング、僧正ブルンスト、魔剣士リスペラン、魔女フリグラ、探求者ヴェ リルザ、そして預言者マハールク……この七人と言われているわ」 後を引き継いだのがフォルスだった。 「ただし、あまりにも当時の文献や資料が少ないが為に伝説上の人物ではないかとも 言われているってわけだ。しかし、この本がその七賢人が書いたものだって言うのか ?」 「左様! そこの詩人が持つは『ブルンストの聖典』、我が巫女が持つのは……なる ほど、七賢人の中でもノエリット・ヴァーンと最も親交の深かったと言われる聖王 の、『レルスタールの法典』か。これは面白い! ……ぬんっ!」 ウィルドは指を鳴らし、頭の上に乗る兎を地に下ろした。そして自身も戦車から飛 び立ち、地面に降り立った。 「同じ書の持ち主とあらば、高みから見下ろすは無粋というものよ!」 「ねぇ、教えて。どうしてそんなにこの本について詳しいの? どこで資料を!」 「資料? お前達が何を言っているのか分からんが、全て書に書いてあるではない か。まぁ、暗号化されておるから解読できなければ話にならんがな」 そこでティアとフォルスは顔を見合わせた。 「も……もしかして過去の森に眠る魔術の叡智とか未来の扉とかって……」 「何だそれは? そんなもん知らん。書には一切書いておらぬわ。お前達、本当に解 読したのか? この本には他には七賢人の書を詳しく解読すると、かつて七賢人が生 み出しながらも世に現れず消えた魔術の仕組みが分かるようになるとしか書いておら ぬわ!」 「……本当に書によって解読内容が違うみたいだな。……ちょっと待て、過去の森の 件が書かれてないのに何であんたらこんな所に……」 ひゅん! 次の瞬間、風を切る音と共に何かがウィルドの足下に突き刺さった。そ れは一振りの剣。不気味な輝きがウィルドの顔を照らす。 「何奴だ!」 「やっと追い付いたぜ、それに多勢に無勢ってのは好かねぇな」 森の奥から現れたのは、まだ若い剣士風の男だった。 |