2003年度第一期リレー小説
空色水母
「The Tale of the Casket」(仮:私はこの題で良いと思いますよ)第9回
部屋に沈黙が訪れた。アズレセアは少女の瞳を見つめていた。少女も彼女の瞳を見ていた。しかし、視線が交わることは無かった。
「・・・もちろん無理にとは申しません。そうですね、檻の中に戻るより、この館にいるほうがあなたにとって幸せであるのかもしれません。ここから逃げ出す必要など無いのですから」
キュリアベルはそこで言葉を切り、俯いたアズレセアが口を開くのを待った。
「森、ですか・・・」
ぽつりと落とされたアズレセアの言葉を、少女はすぐに拾い上げた。
「怖いのですか?それならば、おやめなさい。彼も鬼ではありません。大人しく従っていれば、悪いようにはしないでしょう」
何度目かの沈黙。八人の従者は物音ひとつ立てなかった。
ほう、とアズレセアは息を吐き出した。そして、すぐに書斎の静かな空気を吸った。積み重ねられた膨大な時間を感じた。
青玉の姫はゆっくりと顔を上げ、館の主をまっすぐに見据えた。その瞳には新しい光が宿っていた。恐れていても、良くはならない。
「なぜ・・・、森なのですか?私に与えられた数少ない選択肢の中に、必ずといって良いほど森に入る、というものが含まれていました。思えば、最初にあの寝台の上で目覚めたその瞬間から」
空の下の寝台。緑の中の寝台。それは、とても狂った光景に感じられた。
「前回お会いしたとき、どこに行っても構わない、ただ森に入って迷子になっても誰も助けに行かない、とおっしゃいました。そして今回は、どうしても逃げ出したいのならば森を抜けるのに従者をつける、とおっしゃいます。やはり、森です。あなたは私に、自分の意志で森に入ってほしいと思っていらっしゃるのではないですか?・・・逃げ出す必要は無い。あの怪人にも言われました。まるで私を挑発するかのように。彼が私をさらった理由も、そこにあるような気がします」
確かな根拠があるわけではないし、言っていることも筋が通っているわけではなかった。しかし、アズレセアは確信していた。それは、この数日間で一番確かなことに思えた。
キュリアベルは黙ってアズレセアを見つめている。その瞳に感情の欠片が見えた気がした。
「私だって、あなたを待つこの二、三日間、ただぼうっと過ごしていたわけではありません。この館は明らかにおかしい。馬車の出入りは一度もありませんでした。あなたはどこにお出掛けになられていたのですか?館のまわりを少し散策しました。近くに馬小屋も見当たりません。それどころか、井戸さえありません。森の中に、この白亜の館だけがぽつんと建っている。異常です。人が、住む、館としては・・・」
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