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2003年度第一期リレー小説   halfwing

「The Tale of the Casket」(仮:そのうち検討しましょう) 第6回



「どうぞ、御主人様がお待ちです」
 老婆が案内したのは屋敷の三階の一番奥の部屋だった。そう言うと老婆は、体の向きを変え彼女に扉を開けることを促してきた。
 緊張のためか恐怖のためか、あるいはその両方にか。樫の木で作られた扉に手をかける青玉の姫の手が震える。扉を押せば、彼女を誘拐した犯人の目的が分かる。それは彼女の中に残っている、かすかな、そして淡い希望をつぶすということでもある。
 老婆の無言の圧力に耐えかね、小さく深呼吸して青玉の姫は扉に力を込めた。
 扉は音もなくゆっくりと開いていく。外見の威圧感からは想像できないほど軽く扉は開いた。
 扉が開くにつれて、部屋の中の様子が明らかになっていく。どうやら書斎らしい。王立図書館をも彷彿させる大量の書籍。寝台で予想は付いていたが、この館の主は彼女の実家とは比べ物にならないほどの資産を持っているようだ。本の保存のためか薄暗い印象を受ける部屋の中央には、しっかりしたつくりの机と椅子があり、その椅子には黒を基調としたドレスを着こんだ少女が座っていた。8歳、いや9歳ぐらいだろうか。まるで人形のように整った少女は無表情に青玉の姫を見つめている。それ以外に人影らしいものはない。
「…………え……?」
 青玉の姫の口から間の抜けた声がもれる。『ご主人さま』というのは、あの仮面の怪人のことではないのだろうか?
「よくいらっしゃいました、アズレセア様。私がこの館の主キュリアベルです。以後お見知りおきを」
「…………こ……こちらこそよろしくお願いします」
 淡々と無表情のまま自己紹介をする少女に、青玉の姫は反射的にあいさつを返した。アズレセアと彼女のことをそう呼ぶからには、この少女が『ご主人様』本人ということなのだろう。
「ところでアズレセア様。あなたは鳥を飼ったことはありますか?」
「…………いいえ………」
 書斎に一歩も足を踏み入れないまま青玉の姫はゆっくりと首を振った。鳥かごの中の鳥―――まるで今の彼女のようではないか。
「そうですか。私はあります。ツバメですが。冬のある日、私は彼を檻から出してやることにしました。さて、どうなったかお分かりですか?」
 青玉の姫は気が付いた。少女の瞳が空虚だということに。無理して表情を消そうとしているわけではない、感情がないのだ、少なくとも表情が動くほどには。
「………いいえ………分かりません」
 呻くように返答を返す。この少女が恐かった。この少女の瞳に青玉の姫は映っているが、少女が何を見ているのか判断ができなかった。
 なんでこんな目にあっているのか、青玉の姫は神に自分の不幸を嘆いた。
「死にました。考えてみれば当然です。温室育ちに彼がこのあたりの冬の寒さに耐え切れるはずがないですから」
 そこで、少女は一回言葉をきった。何が言いたいのだろうか、この少女は?青玉の姫は恐怖に怯えつつも少女の言葉について考えてみた。
「さて、アズレセア様。今夜あなたは彼に呼び出されるでしょう。彼には借りがありますが、あなたが彼の遊戯から降りるのであれば、私はあなたが無事婚約者と結婚できるよう手を回しましょう」
 少女のさす『彼』がツバメとは変わったことに青玉の姫はすぐ気が付いた。彼とは仮面の怪人のことだろうか?いや、そこは大して重要な部分ではない。一番重要な部分は――
「……………開放してくれる………ということですか?」
 おずおずと青玉の姫は聞き返した。
「いえ。あなたに檻を与えてあげるだけです」
 淡々と感情のこもらない表情で少女は話し続ける。
「アズレセア様、彼に呼び出されるまでゆっくりと考えなさい。中庭にある墓標にさえ近づかなければ、どこに行かれても、何をなされようと自由です。もっとも森に入って迷子になられても誰も助けに行きませんが。それでは、また会いましょうアズレセア様」
 ぎいぃぃ、っと鈍い音をたてて書斎の扉が閉じていく。無論のこと、誰も扉には手を触れていない。
「待ってください!わたしはどう―――」
「それは、あなたが自分で考えるのです。青玉の姫」
 青玉の姫の慌てた声を、抑揚のほとんどない声がさえぎる。大きい声というわけでもないが、少女の声はすんなりと青玉の姫の耳に飛び込んでくる。
 がしん
 鈍い音をたてて、樫の木の扉が閉まったのはその直後だった。

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