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2003年度第一期リレー小説   空色水母

「The Tale of the Casket」(やりたい放題です……)第26回 



 かつての話だ。
 かつて、この世界に類まれなる力を持つ二人の若い魔術師がいた。
 二人は、互いに競い合い、そして、固く信頼し合っていた。
 二人は、よく未来について語り合った。
「この世界のすべての人に幸福を」
 それが若い二人の偽らざる願いだった。
 二人の力を持ってすれば、そんな突飛な願いも叶ってしまいそうだった。
 あるとき、二人は別れることになった。
 背が高いほうの魔術師は王都に向かって旅立ち、背が低いほうの魔術師はその地に留まった。
 別れの日、留まる魔術師は、旅立つ魔術師に玉を贈った。
 それは、鮮血のように赤い宝玉だった。
「変わることのない友情の証に」
 二人は、あまりに若かった。

 キュリアベルの後ろで、空間がわずかに歪む。
「……やはり、と言うべきか」
 男の声にキュリアベルが振り返ると、そこには漆黒のタキシードを着た巨匠が佇んでいた。その姿は、前回会ったときよりもずっと若い。
「……何が、やはりなのですか? 巨匠」
 無表情に首を傾げるキュリアベルに、巨匠も表情を変えることなく答える。
「やはり、おまえはあれを生き返らせることを拒むのだな」
「………」
 キュリアベルは、答えない。巨匠は、キュリアベルの瞳を見据える。
「……まだ私を恨んでいるか?」
「当たり前です」
 身も蓋もなく言い放つキュリアベルに、巨匠は苦笑した。その様子は、心なしか弱々しい。
「……どうしたのですか?」
 違和感を覚えたキュリアベルは、巨匠の胸を凝視し、何かに気づいた様子で、巨匠の顔を見る。
「……私が撒いた死病……。……だから、人を……」
 巨匠は、静かにうなずく。その瞳に、冷たい光が宿る。その顔から一切の表情が消える。
「……時にキュリアベル、青玉の姫は何処に?」
 その声から、柔らかさが消えた。
「……アズレセア様は、この館にはいません」
「何処かと聞いているのだが?」
 部屋の空気が、一気に張り詰める。二人の間には、圧倒的な力の差があった。キュリアベルは、自分が緊張するのを感じた。巨匠はそんなキュリアベルを無表情に眺める。
「……キュリアベルよ、人が人を作ろうとする、その動機は何だと思うか?」
 キュリアベルは少し考え、ゆっくりと答えた。
「……他の私は、神に近づくため、と答えるでしょう」
「それならば、おまえは?」
 キュリアベルは、巨匠の目を見据えながら、よりはっきりした声で言った。
「動機が何であろうと、その結果は最悪。それだけです」
 キュリアベルの言葉に、巨匠は笑う。
「最悪……。最悪か……。私とおまえにふさわしい言葉だな、ラドゥラスク?」
 キュリアベルは答えない。二人の間にしばしの沈黙が下りる。
 二人の視線は絡み合い……。
「……あなたと一緒にしないでください」
 やがて、解けた。

 しばらくして、背が低いほうの魔術師が狂った。
 その魔術師は、人々を苦しめ、恐怖に陥れ、邪法に手を染めた。
 その魔術師は、大魔女と呼ばれるようになった。
 国は、荒れた。
 背が高いほうの魔術師は、国王の命に従い、古き友を討ちに向かった。
 二人は対面した。
 なぜこんなことを、と問う魔術師に、大魔女は答えた。
「人間は、救いようのない存在なのだ」
「他でもない君ならば分かるだろう」
 魔術師は、大魔女の言うことを理解しなかった。
 魔術師の心は、裏切られたという思いと、かつて親友だった自分が大魔女の暴走を止めなければという思いでいっぱいだった。
 死闘の末、大怪我を負いながらも、魔術師は勝利を収めた。
 帰還した魔術師に対して、人々は冷淡だった。
 魔術師は皮肉にも、古き友を打ち倒した結果として、その友の言葉の意味するところを理解することとなった。
 人は、あまりに醜く、救いようがない。
 魔術師は、絶望した。

 泉のほとりに、老婆が倒れていた。
 巨匠は、その体を抱き起こす。赤玉がなかった。かつてラドゥラスクが作った宝玉は、数百年もの間老婆を動かし続けた今でもその力を失わない。
「……人が人を作ろうとする、その動機は何だと思うか……」
 巨匠は、問う。老婆は、答えない。
「……人形である自分には、分かりかねる。おまえならば、そう答えるであろうな……」
 巨匠は老婆を静かに地面に横たえた。
 赤玉の魔力を森の奥に感じる。どうやら、赤い宝玉は今、ドゥルクレンの手の中にあるらしい。
 自らの意思で赤玉を手放したのか……? 巨匠は、老婆に軽い驚きを覚えた。
 ドゥルクレンの近くに、かすかに人の気配がする。おそらく、青玉の姫だろう。
「……祭壇、か」
 巨匠は目を細め、森の奥に続く道を凝視した。

 大魔女は、……神に近づこうとするかつての友は、この世界に降り立った神そのものだったのではないか。
 魔術師は、戯れ半分にそう考えるようになった。
 ……そして、もしそうであるならば、自分自身もやはりこの世界の人々にとっての神だったのではないか……。
 人々は、二つの神を捨てた。
 先に捨てられた神は、この世界に呪いをかけ、世界が腐敗していく様子を楽しんだ。
 後に捨てられた神は、この世界に興味を失い、新たな世界を創造した。
 二つの神は、人を作る。
 今度こそ、幸福になるべき人々を。
 神を捨てた人々の未来には、破滅しか残されていない。……この世界には破滅しか残されていない。全ては破滅へと突き進んでいく。破滅へと、破滅へと、破滅へと……!
 魔術師は、笑う。
 もうすぐだ。もうすぐ森を抜ける。
 魔術師の足取りは自然と軽くなる。
 木立がまばらになっていく。
 魔術師の双眸は、二つの人影を捕らえる。
 視界が完全に開ける。
 ……森の中の花畑……。
 冷たい月の光に照らされた美しい人。
 この世界でただひとりの愛しい人。
 魔術師は立ち止まり、その光景に見入った。
 永遠の静謐。
 完全なる世界。
 たとえ、何を、全てを犠牲にしても、この手に、必ずこの手に入れて……。

「……巨匠……」
 ドゥルクレンの戸惑ったような声に、巨匠は我に返った。
 ドゥルクレンの隣で、アズレセアは右手に人形を抱き、まっすぐに巨匠を見つめていた。その瞳には、真摯な光が宿っている。
 夜の花畑は静寂に包まれていた。鳥や獣たちも、巨匠の来訪に息をひそめているようだ。
「……アズレセア殿。……人が人を作ろうとする、その動機は何だと思われるか?」
 巨匠は無表情のまま、やや唐突にアズレセアに問いかける。
 アズレセアは落ち着いた様子で少し考え、巨匠の瞳を見つめながら静かに答えた。
「……人を……人々を……愛して止まないからでしょうか……」

 少女の言葉に、魔術師は一瞬間を置いて、……苦く笑う。
 ……ああ、あれも、この少女と同じように答えるのかもしれぬな……。
 ……あれを生き返らせるは、あれを愛するが故。
 人の形をしたものを作るは、どうしようもなく……人という存在を愛するが故……。
 魔術師は、……人形師でもある魔術師は、天を仰いだ。

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