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2003年度第一期リレー小説   halfwing

「The Tale of the Casket」(キュリアベル、生キューリじゃないや) 第23回


「か……カール……」
 唖然とした顔で青玉の姫が彼の名を呼んだ。
「はい。なんでしょうか? 青玉の姫?」
 青玉の騎士の返事に青玉の姫の顔が凍りついた。徐々に顔色が青くなっていく。
「気分が優れないのですか、青玉の姫?」
「……ちがっ!」
 青玉の姫は悲鳴に近い声を出して、彼から離れるように身を引いた。青玉の姫は警戒心の篭った目で彼をみている。
「……あなたは……あなたは誰?」
「カール・ツァイス。あなたの騎士です。青玉の姫」
「ちがうっ!あなたはカールじゃない」
 なぜ青玉の姫の不興をかったか分からなかったが、彼の名が原因であるのだろう。
「分かりました。私はカールではありません」
 護るべき主の意志を尊重し彼は一度礼をした。青玉の姫は扉のノブに手をかけたまましばし黙り込んだ。
「……あなたは……何?」
「あなたの騎士です。青玉の姫」
 おずおずと話しかけてきた青玉の姫に、彼は最も端的な答えを返した。
 彼がドゥルクレンに作られた理由は、青玉の姫を危険から護るためだ。いかなる不測の事態でも、例え自らを犠牲にしても青玉の姫を守りきる事が彼の全てだった。
「青玉の姫を危険から護るのが青玉の騎士の務めです」
「護る? 私をですか?」
 青玉の姫がとまどいの表情を浮かべた。
「はい。そうです」
 青玉の姫の警戒が少しゆるんだのに安心して、彼は笑みを作って頷いた。
「それでは、青玉の姫の部屋に戻りましょう」
「え? 私は……」
「ドゥルクレンの作品にしてはずいぶん粗悪な代物ですね」
 声が、彼らの会話に割り込んでくる。そして漆黒のドレスを着た少女が、青玉の姫の背後の薄い闇から姿を現した。護るべき姫の横まで歩いてくる。
「青玉の姫、墓守から離れてください。危険です」
「アズレセア様、私から離れないで下さい。あれはあなたを部屋に閉じ込めようとするでしょう」
 彼は仮面を被り、身構えた。キュリアベルが戦闘用の人形で無いとしても、青玉の姫の側に居る。彼女がその気になれば、青玉の姫に危害を加えられるだろう。
 青玉の姫は戸惑った表情で彼と少女を見比べていたが、やがて、キュリアベルに一歩近づいた。
「青玉の姫!?」
 彼は焦りを感じていた。もし今、キュリアベルが青玉の姫に危害を加えようとしたら、彼には防ぎようが無い。だからといって、青玉の姫に近づこうとすればキュリアベルを刺激するだろう。最愛の主君を人質に取られた形になり彼は動けなかった。
「私はアズレセアです」
 確固たる意志を持った瞳でこちらを見てくる主君。その横で空虚な瞳をした少女もこちらを眺めたまま青玉の姫に話しかけた。
「よろしいんですか? 私にはあなたを護る気はありませんよ。代わりに束縛もしませんが」
 青玉の姫は静かに頷いた。
「そうですか。分かりました。あれは戦闘用の人形なので、私では勝利が難しいでしょう。なので、五分でよろしいですか?」
「え?」
「あれの注意をひきつける時間です。その間に逃げるなりなんなりご自由に。五分たったら私も一時撤退しますので」
 彼はキュリアベルに勝ち、青玉の姫を護る方法を模索する。青玉に蓄積された知識をもとにキュリアベルの能力を計算する。
 巨匠が彼女を連れて戻ってきたのは奥方様が亡くなって一月たった頃だった。奥方様の病気を治すための人形は、本来の仕事をすることなく奥方様の墓を護る墓守となった。
 純粋な身体能力では彼には遠く及ばないが彼女には切り札があったはずだ。一時的にリミッターを解除すれば彼と互角に戦える。ほんの十数秒しか使えない上に、副作用として切り札使用後はしばらく動けなくなるため、時間稼ぎには向かない切り札だが、注意するに越した事はない。
 青玉の姫は迷いの表情で、彼、少女、そして薄暗い廊下を順に見やった。
「口車に乗せられてはいけません。外は危険なのです、青玉の姫」
 彼がそういったとたん、青玉の姫は決意したらしい。彼に背を向けて青玉の姫が走りだす。
「青玉の姫っ!?」
 キュリアベルの動きを警戒しながらも、青玉の姫の背中に語りかける。もし、キュリアベルが彼の邪魔をするとしても、戦闘を仕掛けるのは青玉の姫が安全な距離まで避難してからだ。
 刹那、キュリアベルの姿がぶれた。
「――――っ!?」
 少女は彼の眼前に居た。振り上げていた握りこぶしを彼めがけ突き出す。避けられない。彼の体は宙を浮き、壁に叩きつけられる。
 少女は眼前にいた。振り上げていた握りこぶしを彼めがけ突き出す。避けられない。
 正拳。平拳。裏拳。掌底。手刀。背刀。貫手。肘打ち。
 壁と拳の間で彼の体は床に落ちる事は無い。キュリアベルは空虚な眼差しのまま、ただ彼の破壊を続ける。リミッターを解除した体で、自らの拳が傷つく事も厭わず、ただ彼の破壊を続ける。彼の吐血が彼女の顔を汚すのに全く頓着する事がなく、ただ彼の破壊を続けた。
 十数秒にわたる永遠。そこから解放されたとき、彼は部屋の真ん中に横たわりシャンデリアを見上げていた。最後に投げられて、床に叩きつけられたのを覚えている。
 よろよろと立ち上がる。損傷は激しいが稼動不能というほどでもない。キュリアベルが戦闘用に作られていなかった事が幸いした。
 正面には、漆黒のドレスを着た人形。彼女の後ろには血で紅くなった壁。背後には青玉の姫が走り去った扉。全快の先ほどならともかく、今はキュリアベルに背を向ける気がしない。
「なにを企んでいる墓守?」
 構える。リミッターを解除後のキュリアベルがどの程度の実力かは分からない。ただ、青玉の姫を護るためには彼女を壊すべきだと分かれば十分だ。
「私はあなたの滞在を許可しましたか?」
「なに?」
 何かが落ちてくる気配がした。とっさに右に跳ぶが、シャンデリアの下敷きになる。
「がはっ!」
「私もしくは巨匠の許可無くこの館に入ったものは、絶望か絶命。二つの選択肢しか与えられていません」
 体が動かない。なんとか頭は潰されなかったが、体は原型を留めているかもわからない。残る手段は、青玉の力を借りて魔術で攻撃する事ぐらい。
 キュリアベルが彼の正面に回ってきた。
「青玉の騎士。あなたが彼女をアズレセアと呼べば、もう少し違う未来だったでしょう。あなたは絶望より絶命を選んだ」
 彼の青玉にキュリアベルが手を伸ばす。その無用心な接近こそ最後のチャンスだった。
 彼は魔術を放ち――何も起こらなかった。
「なっ!?」
「私が何のために作られたか覚えていないのですか? 奥方様の呪いを解くために作られた魔女ラドゥラスクの――」
 青玉を鷲づかみにされて彼の意識は闇に堕ちた。

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