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2003年度第一期リレー小説   伝樹(デンキ) 緋辻(ヒツジ)

「The Tale of the Casket」 第2回 



「こちらが、お前が稼ぐ御方だ」
 父の言葉が頭の中で木霊する。そう、あのときもこんなふうに目の前が真っ暗になった。
 舞台が暗転した、その一瞬に感じた既視感の理由に、彼女は自嘲した。私にも、まだこんな可愛げが残っていたなんて。諦めた筈だったのに。あのとき、全てを。

 あのときの彼の顔が頭から離れない。

 青天の霹靂とはまさにこのこと、父親からの突然の宣告に、彼女は言葉もなかった。紹介された「婚約者」が何か言うのも全く耳に入らなかった。ただ、彼の方を見つめている。
 広間には、やや傾きかけた午後の日差しが天窓から差し込んでいる。その出口に、彼は護衛として立っていた。両の手を握り、堅く目を瞑って、俯いて。何かに耐えるように、しかし彼女にとっては突然であったこの話にさえ、驚いた様子はなく。縋るような彼女の視線を感じていただろうに、決して目を合わせようとしなかった。
 その様子に、ああ、知っていたのか、と。

 怒りはなかった。その瞬間に彼女を支配していたのは、諦めに似た感情。
 事前に婚儀の話を知っていた彼が、それでも何もしなかったのは、それはもう、二人の関係を終わらせようということ。この婚儀を何事もなく進めようということ。だからといって彼を責めるつもりはない。そうこれは、重視として至極当然のこと。
 しかし彼は、彼女の恋人であったから。
 この恋に明確な未来を見いだしていたわけではない。だからといって、このような終わりはくるなんて思ってもみなかった。こんなにも、あなたを愛しているのに。
 いっそのこと、この場から連れ去ってほしい。地位もお金も名誉も、全て捨てて。私には、あなただけいればいい。
 しかしこの思いを、彼女は自ら断ち切った。彼は迎えにきてくれない。それは、彼が薄情だからではない。むしろその逆だ。もし彼女が彼と逃げれば、彼女の家の私兵や王立の軍によって、彼の家族が捕らえられてしまうだろう。彼は縄打たれ、拷問され、最悪の場合殺されてしまうかもしれない。
 彼もつらいのだから……と、彼女は自らに言い聞かせる。自分の幸せのために、肉親さえ見捨てていけるように、そんな薄情な人を愛したわけではない。冷たい規律で雁字搦めの宮仕えには向いていないくらいに、愚かなほどに優しくて。周りの皆が幸せであればいいと願いながら自分のことは二の次にしてしまう。そのせいで、度々悩んだりしていたけれど。それでもいつも優しくて、優しく微笑んでいて。
 その優しさが、今は彼女を苦しめているとしても。

 出会わなければ良かったと思ったことが、なかったわけではない。それでも、居てくれてよかったと今は思う。
 あなたと過ごした日々が人生の全てではないけれど、それでも。一緒にいて楽しかった。

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