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2003年度第一期リレー小説   不逞

「The Tale of the Casket」(3ページ行かないのはT.K君以来) 第19回 



 星も出ていない夜だった。泉へと続く道は暗かったが、老婆は明かりを灯さずに森の中を歩き続けていた。異形の動物たちが時々寄ってくることもあったが、老婆は無視して黙々と歩き続けた。胸の中では、ドゥルクレンとキュリアベルに対する複雑な思いが湧き返っている。それは、怒りとも反発とも違っていた。
 二人は知らなかったが、老婆はすべてを知っていた。かれらが陰謀を企んでいるつもりであることも、それが忠誠心から出たものだと自分に言い聞かせていることも。そして、そのために青玉の姫……あの哀れな娘を利用しようとしていることも。
 今、老婆が辿っているのは、つい数時間前にアズレセアが辿った道であった。道はもう一本あるが、そちらは老婆には使うことができない。こちらの道は見通しが悪いが、老婆に使える道はこれだけだったし、祭壇に向かうためにはこちらの道である必要があった。繁った藪に袖を引っ掛けることもなく、張り出した木の根につまずくこともなしに、老婆は黙々と歩いて行く。その様子は、館の廊下を歩く時と何一つ変わらなかった。しかし、胸中は必ずしも同じではない。
 老婆には、二人の行動はともかく、その心掛けを非難する気持ちは無かった。もし立場が違えば、あるいはほんのささやかな認識の違いが無ければ、自分も同じことを考えたかも知れないのだから。いや、と老婆は自分の考えを改めた。いつでも考えているのだ。だが、考えたことを実行に移すことは決して無かった。老婆は忠誠心というものを見誤りたくはなかった。自分のような作品が良かれと思ったことが、本当に良い結果を招くとは限らない。

 ドゥルクレンもキュリアベルも忘れていることがあった。見てくれこそ違えど、かれらには奥方を原型とした一面がある。かれらもまた、奥方の紛い物の一種には違いなかったのだ。紛い物であるかれらが、本物である奥方の気持ちを賢しげに語れば、マエストロ巨匠は何と思うだろうか。
「……どれほど精巧に作られたものであっても、本物を超えることなどない」
「偽物では、本物を超えるどころかそれと同等にすらなりえない」
 発言者の意図を超えて、その言葉は真実を指していた。その事実ゆえ、マエストロ巨匠はかれらの説得をはねつけるだろう。老婆にはそれがよくわかっていた。いや、予想がついたと言った方が正しかったかも知れない。

 老婆の目の前に泉が広がった。地面と違って起伏というものを持たない水面は、暗い中でも視界に違和感を与える。その縁まで歩を進めて老婆は足を止めた。懐に手をやり、何かを掴み出す。彼女の手に握られているのは腕輪だった。小さな宝玉が嵌め込まれていたが、それは青玉ではないようだった。老婆の手が動いて、腕輪を泉の中に投げ入れる。小さな水柱が立ち、同時に水面が品物を受け取ったことを知らせる音がした。老婆の耳には、それが少し間の抜けた、愛らしい音と聞こえた。……どうやら柄にも無く感傷に浸りすぎたらしい。
 突然、揺れる水面が静かになった。

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