2003年度第一期リレー小説
樹 黄砂
「The Tale of the Casket」(状況把握が微妙です) 第17回
むかしむかし、ひろいおやしきに、ひとりのわるいまほうつかいがすんでいました。
わるいまほうつかいは、ひとをさらったり、びょうきをまいたりしてひとびとをくるしめているので、とてもきらわれていました。
あるとき、わるいまほうつかいはかんがえました。
「わしは、おうさまよりもつよいちからをもっている。ワインバーグに、わしよりつよいちからをもつものはいないだろう。それならば、にんげんではできないことをしてみたいものだ。さて、なにをしようか」
そしてわるいまほうつかいはてをたたきました。
「そうだ。ひとをつくったのはかみさまだと、むかしからいわれている。ひとをつくることができれば、わしはかみさまとおなじになれるのだ。ひとをつくるじっけんをすることにしよう」
ひとをつくるためには、ひとのしくみをよくしらなければなりません。いままでいじょうにひとがさらわれ、にどとかえってきませんでした。
ひとびとはなげきかなしみましたが、わるいまほうつかいのちからはとてもつよかったので、かえってこないもののかずはますますふえるばかりでした。
ひとをつくるじっけんがいっこうにせいこうしないまま、ひとびとのなげきのこえは、とうとうおうさまのみみにまでとどきました。
「わるいまほうつかいのわるさは、どをこしている。すぐにせいばいしなければならない。だが、やつのちからは、わたしよりもつよい。かわりにおまえが、わるいまほうつかいをたおしてほしい」
おうさまは、けらいのまじゅつしにめいれいしました。まじゅつしは、つよい、つよいまほうのちからをもっていました。わるいまほうつかいはしりませんでしたが、まじゅつしのちからは、ワインバーグじゅうのだれよりもつよかったのです。
まじゅつしは、めいれいどおりに、わるいまほうつかいをせいばいしにでかけました。
わるいまほうつかいも、まほうをくししてけんめいにはんげきしました。
ながいたたかいでした。
ふたりともちからをふりしぼったすえ、ようやくまじゅつしが、かちをおさめました。
こうして、ワインバーグにへいわがとりもどされました。
(『こどものためのワインバーグのむかしばなし・巻の二』第三話より)
朽ち果てた館は、墓地の向こうに建っていた。
目的地を告げた時、辻馬車の御者は実に嫌そうな顔をしたものだったが、言外にチップをはずむことを匂わせると、何も言わずに墓地の前まで走ってくれた。
乗っている間中御者がひたすらに無口だったのは、目的地とこの仮面とどちらのせいだろうか――とドゥルクレンは考えた。考えるまでもなく、両方だろう。
共同墓地を抜ける小径の奥に、ひどく古ぼけた館がある。月すらも隠す、どんよりとした曇天だったが、彼の目にはその輪郭のみならず、窓の一つまではっきりと見えていた。
しかし、人間とは醜く愚かで、賢く愛しい。一枚の金貨を握り締めてた御者を乗せて、一目散にこの場から走り去っていった馬車を振り返り、ドゥルクレンは仮面の奥でひっそりと笑う。
ただ人たる身にも、この館ににじむただならぬ気配は感じ取れているだろうに、金貨一枚につられて怪しげな仮面を着けたものをここまで乗せて来てしまう。
本能に訴える恐怖と、世俗的な欲と。
揺れる天秤は、人形にはないものだ。彼らは全て作り手の、そして主の心のままに動く。そこには躊躇も逡巡もない。
館を眺め、歩みを始めながらドゥルクレンはキュリアベルとの会話を反芻した。これから会うのは他ならぬ巨匠だ。彼の命に反しようというからには、髪一筋ほどの隙も許されない。
この世で最も偉大なる才能の模倣として生み出されたドゥルクレンにおいても、過ちという言葉と無縁ではいられなかった。
次第に館の影が大きくなり、ドゥルクレンは思考をキュリアベルから外した。巨匠は並ぶ者なき魔術師だ。彼に作られたドゥルクレンにも――否、だからこそ、その力の果ては見えない。
人形は主に従うもの。だが、巨匠の作品群が――特に意志を与えられたもの達が――彼に従うは、心酔するは、彼が作り主であるが故のみではない。
古びたノッカーを握り、数度鳴らす。すると重々しい音を立て、扉は開いた。その奥には人影も見えない。だが、ドゥルクレンは驚かなかった。独りでに開く扉など、巨匠の力の前には児戯にも等しい。
ぽつりぽつりとおかれた蝋燭の、頼りない光に導かれて館の中を進むドゥルクレンの背後で、扉が閉まった。
「お久しゅうございます、巨匠」
ドゥルクレンはえんじ色の絨毯に膝をつき、深々と頭を下げた。鉄錆びたような臭いが鼻を突く。それはこの館全体に薄くまとわりつく臭気だったが、この部屋のそれは、わずかに濃い。
「久し振りか、なるほどそうかもしれぬな。――顔を上げるが良い、ドゥルクレンよ」
よく通る低い声がドゥルクレンの名を呼んだ。変わらず力に満ち満ちた声だったが、彼の耳はそこに違和感を拾った。先回会った時には、彼はこんな声をしていただろうか?
違和感の正体を突き止められないまま、ドゥルクレンは主の言葉に従ってゆっくりと上体を起こした。青玉の瞳が、屹立する人物の姿を捉える。
「……見違えました」
背筋をぴんと伸ばした若々しい体を包むタキシードと、その上の知的な顔。こちらは作り物でない二つの目に映る、ドゥルクレン自身の姿と酷似した――違いといえば、その双の瞳と、ドゥルクレンのタキシードが赤みがかった黒色なのに対し、巨匠のまとうそれは漆黒であるということぐらいか。
声に違和感を覚えたのも当然だろう、前回会った時は、巨匠は八十の齢に手が届くかどうかといった老人の姿であったはずだ。
奥方を亡くしたあの日から、彼は年をとることをやめたはずだった。
「私の前でぐらい、その仮面を外したらどうだ」
眉根を寄せた巨匠に言われ、ドゥルクレンは仮面に手を掛ける。
「申し訳ございません。奥方様がお亡くなりになった後で、『その瞳を二度と見せるな』との仰せを受けたと記憶しておりましたので」
「現在の命は過去の命に優先する。あれの気に入りだった左目を久方振りに見せてみよ」
重ねて命ぜられる。ドゥルクレンは仮面を外した。目の上に落ち掛かった前髪をかき上げると、巨匠の揺るぎない視線に絡め取られた。
「美しいが、……醜いな」
妻を亡くしてからの長い年月によって刻み付けられた無表情という名の表情で、巨匠は言う。それは若々しさを取り戻した相貌においても深く沈殿し、わずかも動揺することはない。それをすっかり取り去ることの出来るものがあるとすれば、奥方の存在に他ならないだろう。詰まるところ、それを可能とするものはこの世にはもう存在しないということだ。
「無機は汚れを知らず、美しい。だがあれの輝く瞳から比べると……比べようもなく、その生なき光は醜い」
「……懐かしゅうございます。あの方の最期は私も看取らせて頂きましたが……とても、幸せそうでおいででした」
「ドゥルクレンよ、人が人を作ろうとする、その動機は何だと思うか?」
予想もしなかった問いを投げ掛けられ、ドゥルクレンは戸惑う。
何を言えばいい? 巨匠は、何を言わせようとしているのだ?
「……愛しき者を蘇らせるため、でしょうか?」
「そう、それが正しいのであろうな。だが、違う者もいる。そして、動機が何であろうと、人を作るというその目的と結果に変わりはない」
「……巨匠……」
言葉の意図が分からず、ドゥルクレンは訝しげな声を出すしかなかった。ひそめられた眉の下の瞳を見下ろしながらも巨匠は彼の戸惑いを全く無視した。
「時に、青玉の姫の様子はどうだ?」
話題が青玉の姫――アズレセアのことに移り、ドゥルクレンは安堵に胸をなで下ろしつつ、神経を張りつめさせた。巨匠が彼女の話を持ち出した、ここからが本番である。キュリアベルと打ち合わせた『計画』は、これより始まる。
「身体面では、健やかに。されど、心には疲労が蓄積している様子です。突然あの館へと連れて来られたわけですから、当然でありましょう。しかし、このままではいつ体を悪くするとも知れません。心と体は――」
「密接に結び付いているからな」
「……ええ、その通りです」
巨匠に後を引き取られ、ドゥルクレンは慎重に頷く。
心と体。彼ほどの人形師ならば、その究極的な関係まで理解していて然るべきである。さすれば、自ずと人を蘇らせることの不可能性も思い知る。
「巨匠――」
「心と体のどちらが欠けても人は存在し得ない」
言葉を続けようとしたドゥルクレンを遮ってその側に歩み寄り、巨匠は彼の額に手を伸ばした。
「だがな、ドゥルクレン、私は人形師であると同時に――」
作り主の意図に気付き、ドゥルクレンは身を退こうとした。しかしそれは叶わず終わる。
「――魔術師なのだよ」
こめかみの主動力点を切られ、文字通りの物言わぬ人形と化したドゥルクレンは、かすかに血臭のかおる絨毯に崩れ落ちた。
人形を仰向かせ、巨匠はそれの左目をこじ開けて、青の宝玉に指を触れた。
「人形の企てに、人形師が気付かぬわけがなかろう……ほう、キュリアベルもか」
読み取った記憶を整理しながら巨匠は唇を歪める。
「往古に私が息の根を止めた、あやつと同じことをこの私が望むようになるとはな」
多分、狂っているのだろう、往古の魔術師も、彼自身も。
「狂える我が身を自覚しているからこそ……私は誰にもこの計画を妨げられるつもりはない。まして、我が作品どもには」
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