2003年度第一期リレー小説
めしや
「The Tale of the Casket」(内容はともかく逃げなかったことは認めて下さい/泣)第16回
「いったいその巨匠という方は、何をしようとしているのですか?」
かすれる声を何とか絞り出しながら、アズレセアは尋ねた。
「先ほども言いました通り、巨匠は偉大なる魔術師にして最高位の人形師です。彼の目的は魔術により究極の人形を作ること、なのですが……」
ここで不意に、キュリアベルは立ち上がった。壁に歩み寄り、何かを覆っている布に手をかける。
「これをご覧ください」
「…………!」
アゼレセアは目を見張った。布の下から出てきたのは古びた肖像画だった。そこに描かれている人物を見て、呆然とつぶやく。
「…………私?」
額の中で微笑んでいるのは、年頃こそ違えど鏡の中で見る自分と酷似していた。しかし、一点だけ決定的に違うところがあった。それは――
「美しい目の色をしているでしょう? この方が巨匠の奥方です。目の色から、若い頃は『青玉の姫』と呼ばれていたそうです」
「…………!!」
その名が出た瞬間、アズレセアはびくりと体を震わせた。何か『答え』が、脳裏で生まれつつあった。
「まさか……彼は……」
キュリアベルが、アズレセアの思考を読んだかのようにうなずいた。
「ある日巨匠は、奥方と似た顔立ちのあなたが不幸にあっていることを知って、不憫だから館につれてくるよう指示し――そしてさらった後、あなたを『青玉の姫』と呼ぶよう作品たちに命じました」
無表情のまま、キュリアベルは手に持った布をぎゅっと握る。
「――巨匠がはっきりそうと言ったことはありません。しかし私を含む作品たちは皆察しています。巨匠は、奥方を生き返らせようとしているのだと。そして、具体的に何が行われるかはわかりませんが――全てが終わったとき、あなたが今のあなたとして存在していないことは確実だと思います。十年前の八人の少女たちも、そうでしたから」
淡々とした言葉が、ゆっくりとアズレセアの頭に浸透していく。
……この少女が言っていることはいったい何? 私は巨匠の奥方とそっくりで、その奥方と同じように呼ばれて……巨匠は魔術師で、人形師で、奥方を生き返らせようとしていて、十年前にも同じことがあって……つまり……
――生贄――
「…………嫌ぁ!」
その単語が脳裏に浮かんだ瞬間、アズレセアは手で顔を覆って絶叫した。おぞましい感覚が背筋を走る。このまま自分はアズレセアではなく、青玉の姫になってしまうのだろうか――
「落ち着いてください、アズレセア様」
自分の名を――『青玉の姫』ではない本来の名を呼ぶ声で我に返る。手の覆いを取ると、いつの間にか壁から離れていたキュリアベルが、間近で自分の顔を覗き込んでいるのがわかった。
「私は、巨匠に考え直していただきたいと思っているのです」
「……どうして、ですか?」
信じられず、アズレセアは尋ねた。この少女は、自分を巨匠に作られたと言った。ならば部下のような立場ではないのだろうか。
「ひどく陳腐なことですよ――『そんなことは奥方が望まないから』です」
言葉の内容とは対照的に、口調は平坦なものだった。
「――確かに私は、奥方が亡くなってから作り出されました。それでも、記憶というものはあらゆるところに残ります。巨匠や他の作品たちの思い出話の中だけではありません。着る者が凍えないよう丁寧に編まれた上着、どの季節でも彩が絶えないように花が植えられた庭、――全てが、奥方の人柄を教えてくれます。奥方は、このようなことを望どころか、むしろ悲しむ方です」
少しの間彼女は目を伏せ――再び開いたとき、その青く無機質な瞳には、真摯な光が宿っていた。
「だから私は、巨匠に考え直してもらいたい――そしてそのために、あなたに協力をしていただきたいのです」
真剣な視線に射抜かれ、気圧されるようにしてアズレセアは顔を伏せた。
――確かに、協力しなければ悪い状況になるだろう。しかし、自分をこんな状況へ追い込んだ存在のために協力するということが、素直に首を縦に振らせるのを妨げていた。
アズレセアが迷っていると、唐突にキュリアベルが視線を動かした。何かを確かめるかのように目を凝らす。
「ど、どうしたんですか?」
「……時間です」
つぶやいて立ち上がると、キュリアベルはもとの無表情な顔をアズレセアに向けた。
「今からドゥルクレンのところへ行ってきます。彼に話しておかなければならないことがありますから」
「……いったい何を?」
「協力の依頼です。彼を引き込めば心強い戦力になりますし、それに婆やと違って彼ならば、協力してくれると考えているからです――彼の仮面の下を見たことがありますか?」
「は、はい……」
いったい協力と仮面の下とに何の関係があるんだろうと思いながらも、アズレセアはうなずく。
「ドゥルクレンは、婆やに次ぐ巨匠の初期作品です。その時期の巨匠は様々な試みをしており、ドゥルクレンの目はそのうちの一つだそうです。あの宝玉のために魔術が使えるので、彼は巨匠の有能な手足としてよく動いています。ただ、あの双眸を人目にさらすわけにはいかないため、常に仮面をかぶるようになったらしいのですが――」
ここでキュリアベルは、過去を回想するかのように遠くに目を向けた。
「しかし奥方だけは、自分の目の色とおそろいだと言って、全く気にせずに可愛がっていたそうです。ドゥルクレンは、当時のことをそれは嬉しそうに話していました。――その記憶があるからこそドゥルクレンは、他の作品たちよりも積極的に巨匠の指示に従い、同時に強い疑問を持っています。おそらく協力してくれるはずです」
「……そう、なのですか」
この少女が言うのだから、おそらくそうなのだろう。しかし声に疑問の響きが出てしまったことに、アズレセアは気付いた。どうやら自分はまだ、あの仮面の男を信用していないらしい。
「……アズレセア様、どうか知っていただきたいことがあります」
キュリアベルはすでに扉の前まで歩いていたが、そのノブに手をかける前に振り返った。
「私たちは作られたものであるからこそわかります。偽物では、本物を超えるどころかそれと同等にすらなりえないことを」
その声は淡々としていて、何の感情も見出せない――しかし今のアズレセアには、そこに込められた想いが伝わってくるような気がした。
「そう。作品たちは、どんなに似ているあなたでも奥方になりえないことをわかっているのです。それでも、巨匠があなたを『青玉の姫』と呼ぶよう命じれば、あなたをそう呼ぶしかありません。作品とは、そういう存在なのですから」
キュリアベルは、自分の胸にそっと手を添えた――人間ならば、心臓があるべき場所に。
「奥方の墓守として作られた私には、この館と周辺において多少の権限があります。ですから巨匠からの呪縛をある程度逃れて、あなたを『アズレセア様』と本来の名で呼ぶこともできますが――これは例外中の例外です」
アズレセアは不意に思い出した――老婆が、自分を『アズレセア様』と呼ぶことを特権と表現したことを。その意味に気付き、思わず息を呑む。
「作品たちは皆、望んであなたを捕らえたわけではないのです――そのことは、ご理解ください」
そこまで告げて、キュリアベルは扉に手をかけた。
「では失礼します――この間に、どうぞご自分の考えと状況を整理してください」
頭を下げて彼女は出て行き、部屋にはアズレセア一人が残された。
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