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2003年度第一期リレー小説   halfwing

「The Tale of the Casket」(ごめん、また館編)   第14回



「ドゥルクレン殿。聞きたいことがあります」
 後ろから声がかかったのは、彼が館の正門を開こうとしたときだった。
「お館様、青玉の姫のご様子はいかがかな?」
 ドゥルクレンは振り返り、キュリアベルに語りかけた。
「あなたは彼がアズレセア様に話があるといいましたね。しかし、3日前彼女に会ったのはあなたです。その理由をお聞かせねがいますか?」
「私としては青玉の姫のご様子を伺いたいのですがね。いいでしょう。巨匠(マエストロ)が彼女に会いたいといったのは明日です。それまでに一度、彼女と話をしたかった。不服ですか?」
 キュリアベルがまばたきをし、視線を正門に移した。
「なるほど。それで3日といったのですか……。私は腹芸には長けていないので率直に聞きます。彼が真に望んでいるものを彼の行う方法で入手することができると思いますか?」
「………………それは、巨匠を疑っているということですか」
「腹芸は嫌いだといいませんでしたか?この疑問をあなたに投げかけるのはこれで最後です。」
 キュリアベルはいったん言葉を区切った。
「あなたは彼が真に望んでいるものを彼の行う方法で入手することができると思いますか?」
 人形のように表情の変わらないキュリアベルと、仮面のために表情が見えないドゥルクレンの視線が絡み合い。
「……正直、厳しいと思いますな。できれば、巨匠に考え直していただきたいものです」
 しばしの沈黙をはさんでキュリアベルが再び口を開いた。
「では、私に協力してもらえませんか。目的は巨匠に考え直していただくこと」
「具体的には?」
「端的に言えば彼の命令に対する裏切りです。ただ、私は彼を裏切るつもりはありません。館の庭の墓標に誓って」
「…………本気のようですね」
 ドゥルクレンは口の端を持ち上げた。仮面のため彼が笑っていることに気が付くものはいないだろうが。
「いいのですか、私にそのようなことを言って?巨匠にあなたの裏切りを告げるかもしれませんよ」
「婆やなら、そうするでしょう。あなたが忠実なのは彼の命令にですか?それとも彼自身にですか?いずれにせよ私一人の力ではどうにもなりません。ご決断を」
 ドゥルクレンは周りの様子を伺った。少女のほかに気配は感じられない。それが誰もいないことの証明にはならないことを自覚しつつ彼は口を開いた。
「……具体的にはどうするつもりだ?」
「ところでドゥルクレン殿。あなたは低体温症というものはごぞんじですか?」
 いきなり話がとんでドゥルクレンは一瞬眉をひそめたが、この少女がよく分からない比喩表現を好むことを思い出し、その問いに答えた。
「ええ。冬に湖などに落ちて体温が低下することですね。医学の知識があるとは、意外と博識ですね」
 キュリアベルは無表情のままうなずくと話を続けた。
「軽度の低体温症の治療法は外から体を温めることです。では、重度の低体温症の治療法はご存知ですか?」
「体を温めるのではないのですか?」
 少し怪訝な声でドゥルクレンは尋ねた。
「外から体を温めた場合、死んでしまいます。冷えた血液が体の中心に集まってしまうからだといわれています。重度の場合は、内側から暖めるのです。まあ、大半は助かりませんけど」
「…………それは……ひょっとして心も同じといいたいのですか?」
 巨匠。凍りついた心を持つ男。十年前8人の娘を犠牲にした。しかしそれでも心酔に値する人物。
「ええ、外側から暖かく包もうとしても彼は拒絶するでしょう。ならば内側から。彼の考えを改めさせるには、彼の心の中を土足で侵入してからでないと聞き入れてもらえないと思いませんか?」
「なるほど。そのための裏切りですか。して具体案は?」
「…………」
 なぜかキュリアベルはそこで沈黙した。双方黙ったまま時がゆっくりと流れる。
 一分。さらにもう一分。
「考えてなかったのですね」
「思いつかなかっただけです。とりあえず時間稼ぎに彼女を逃そうとしましたが、あなたに阻止されましたし」
「同じことですよ、キュリアベル」
「人の家庭に土足でふみ入って、花嫁(たいせつなもの)を奪うのが得意なあなたなら、何かよい考えが思い浮かぶと思ったんですが。無理ですか?」
 ドゥルクレンは少し沈黙した。巨匠に考えを改めては貰いたいが、正直彼女は足手まといになるだけのような気がする。
「今宵は巨匠と会う約束があるのですが……あした巨匠がここにくる事を考えると徹夜の作業になりますね」
「あの幽霊屋敷でですか?」
「ええ。」
「それはつまり……」
「ええ。祭壇で巨匠を説得します。……一番の不安材料は青玉の姫なのですが」
「なるほど」
 キュリアベルは自然な動作で右手を口元にあてると
「アズレセア様は森に続く道のことをひどく気になさっていました。祭壇の場所は見当がついていると思われます。いえ、祭壇のことは無論話していません。安心してください。後は彼女が行動を起こすかどうかですが……それについては私が何とかしましょう」
「信じていいのですか?」
「失敗しても彼の作品の数が増えるだけです。私たちも彼の信頼は裏切りますが、彼自身を裏切るわけではありません。あなたは大丈夫ですよ。利用価値が十分ありますから」
「…………キュリアベル、あなたは?」
「婆やに怨まれるのは確実ですから、なんともいえません。言い忘れていましたね……一昨日の件ですが、婆やはまだ、あなたの悪戯に気が付いていないようなので安心してください。さあ、時間がありません。計画は私の部屋で練りましょう。婆やは、決して入ってこられませんから。」
 キュリアベルは後ろを向くと、ぴたりと立ち止まり
「聞き忘れていましたね。あなたは彼を裏切りませんか?」
「ええ。仮面の下の青玉に誓って」

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