2003年度第一期リレー小説
T.K
「The Tale of the Casket」(仮:アズレセアの運命やいかに 次回に乞うご期待!) 第13回
翠色のシェードのかけられたランタンが小刻みに揺れながら近づいてくる。それは流しの馬車が御者台の上に掲げる空きのしるしだ。
男はガス灯の下で右手を上げ、その一頭立ての小さな馬車を止めた。御者がその顔を見る暇も与えないまま、後ろの狭い座席に乗り込む。
「西通り」
男はそれだけ言うと、シルクハットを脱ごうともせずに逆に目深にかぶりなおした。御者はランプのシェードを赤にかけなおし、馬車は走り出す。
日が落ちるのが早くなったことが肌で感じられる季節になった。背中を丸めて家路へと急ぐ労働者たちはみな一様に薄暗い色のコートを羽織っている。
メインストリートから通りを一本入ると、道の脇に夜伽女たちの立つ暗い通りに入る。
がたんと馬車が揺れて水の撥ねる音が聞こえ、女の口汚くののしる声が後ろに流れていった。
大通りをもう一本横切る。窓から漏れた光で男の無機質な横顔が照らされ、また闇に沈む。
西通りは職人たちの通りだ。
なめした皮やすっぱい薬品、煙突から絶え間なく盛れでる黒い煙、そうした悪臭がこもり、普通の市民はよりつくことのない界隈だ。
西通りの入り口に差し掛かったところで男は馬車を止め、御者にいくばくかの銀貨を払って路上に降りた。
道端にぼろきれを敷いて座っていた乞食が身を起こす。足を引きずって大儀そうに、しかし素早くまとわりついてくる。だんな、お恵みを。が、乞食はその白濁した目で男の顔を覗き込むと、気圧されたように洋服の端にすがりついたその手を放し、よろよろと元居た場所に戻った。
男はシルクハットをかぶりなおし、石畳の通りを歩き出す。
一角の酒場から、大声で下品な言葉をわめきあいながら労働者が三人ほど出てきた。その身なりと体格と会話の内容から察するに、日雇いの人足なのだろう。西通りにはその日暮らしのごろつきや宿無しも多い。
男はその間を歩き抜ける。肩がぶつかったのは、どうみても相手による意図的なものだった。
「おいおめえ、人にぶつかっといて無視はねえだろ!」
酒臭い息を吐きながら赤ら顔の一人が男の肩に手をかけようとする。が、男は察してか察せずかするりとそれをすり抜け、歩みを止めなかった。颯爽と路地の角を曲がっていく。
「てめえ、待ちやがれ!」
男はただ歩いているだけなのだが、その後姿は曲がりくねった路地の向こうにちらりちらりと見えるだけで手が届かない。人足たちがようやく男に追いついたのは王都の外れ、民家もまばらになった共同墓地近くの道だった。
人足たちは男の前に回りこんで立ちふさがった。そこでようやく気づいたように男は足を止めた。
薄暗く、舗装もされていない細道で、男の着たタキシードは闇に溶けそうなほど黒く見えた。
人足たちは結局はじめから謝罪の言葉など期待しておらず、突然に殴りかかった。男はポケットから落ちた銅貨のためにゆっくりと屈み、転びそうになった者の手を取って立ち上がらせてやろうとし、突進してきたもののために道をあけてやったのだが、その結果、道には三人の男が倒れていた。
無様に転がったごろつきの足元に、男は数枚の銅貨を投げ落とした。
「服を汚させて悪かったな」
それだけ言うと、男は何もなかったかのように細道の奥へと消えた。
その先には死者たちの眠る共同墓地か、もしくは今では朽ち果てた古い屋敷しかないはずだ。
よろよろと立ち上がり、その事実に気づいた男たちは顔を見合わせ、そして震え上がった。
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